2017年2月25日土曜日

オリジン 5

 翌朝、ライサンダーは早い時間に目が覚めた。ポールが早朝ジョギングに出かける為に物音をたてたからだ。彼はふと思うところがあって、起き出すとY染色体の父親を追いかけた。一定のスピードで走るポールに彼はすぐに追いついて、「おはよう」と声を掛けた。ポールはちらりと彼を見て、頷いただけだった。2人は並んで走り、ジムの裏手にある野外(ドームの中だが)運動場を2周した。3周目の始めで、1人のドーマーが入って来た。

「おはようございます、チーフ・レイン。」

 ライサンダーはそのドーマーが綺麗な東洋系の若者だったので、注意を惹かれた。ポールが珍しくその若者に返事をした。

「おはよう、パット。今朝の気分はどうだ?」
「すこぶる快調です。」

 パットと呼ばれたドーマーはライサンダーをチラリと見た。新顔のドーマーだな、と言いたげな表情だったので、ライサンダーは自己紹介した。

「ライサンダー・セイヤーズです。週末だけドームに来ます。」
「週末?」
「こいつの『週末』は金曜日と土曜日らしい。ダリルと俺の息子だよ。」

 ポールが紹介した。タンが「ああ」と納得した。

「この男はパトリック・タン・ドーマーだ。クラウスのチームにいる部下で、俺のお茶の先生でもある。」
「お茶の先生?」

 ライサンダーはアパートのキッチンの棚にお茶の容器がたくさんあったことを思い出した。オフィスの休憩スペースにもあったっけ・・・。
「チーフの唯一健全な趣味」と言って、タンが笑った。「唯一と言うことはないだろう」とポールは文句を言ったが、楽しそうだ。
 ライサンダーは意外に思った。食堂やジムで出遭ったポールの部下達はチーフ・レインに対して敬愛の態度を示し、気軽に話しかけるのを遠慮している様にも見えた。しかしタンはかなり親しそうだ。
 3人で1周してから休憩すると、タンがポールに話しかけた。

「チーフから医療区長に頼んで戴けませんか? もう僕は仕事に復帰したいのです。」
「精神科の医者は何て言ってるんだ?」
「通常勤務なら問題ないと。」
「つまり、支局巡りや申請書受付はいくらでも大丈夫と言うことだな?」
「捜査活動も平気ですよ。」
「そうか・・・では、今日の午後3時にジムに来い。格闘技練習をしよう。体がなまっているだろうからな。」
「よろしくお願いいたします。」

 タンと別れて、ライサンダーとポールはアパートに向かって走った。速度を落とさずに話をするのは難しいので、ライサンダーは「ねぇ」と声を掛け、ポールの速度を弛めさせた。

「さっきの人は病気だったの?」
「否・・・」

 ポールは息子を見ずに答えた。

「FOKの囮捜査をしている時に、別の組織に誘拐され、拷問されたんだ。 酷いPTSDに悩まされていたが、本人は自信がついてきたのだろう。少しずつ現場でリハビリさせてやらんといかんな。」

 ライサンダーはなんとなくどんな拷問だったのか想像がついた。あんな綺麗な人だから、男達はただ殴ったり蹴ったりした訳ではないだろう。
 そう言えば、ポールだってラムゼイに捕まった時、何度か危うい目に遭い掛けたのだ。

「世の中には悪い奴が多いな・・・」

とライサンダーが呟くと、ポールが少々自慢げに教えた。

「タンを救出したのはダリルとクラウスだ。特例で局長がダリルを外へ出した。」
「父さん、凄いんだ。」
「凄いついでに言えば、ドームからセント・アイブスまで無断でヘリを操縦して飛んで行ったので、ダリルは局長から大目玉を食った。」

 ライサンダーが大笑いしたので、何故かポールは嬉しかった。