2017年2月11日土曜日

大嵐 16

 ダリルはポールが彼の神聖な職場に部外者であるライサンダーを入れたことに驚いていた。昼食の後、彼等はまだ仕事が残っており、彼はライサンダーをアパートで休ませるつもりだったのだが、それでは医療区で入院しているのと同じだろうとポールが文句を言ったのだ。ポールのオフィスだからダリルに反対する権利はない。遺伝子管理局本部の受付で入館パスを出してもらい、ポールのオフィスと廊下とお手洗い以外には立ち入らないことと注意を与えられて、ライサンダーは親の職場に初めて入った。

「多分、退屈で死にそうになるだけだと思うよ。」

とダリルは言った。だからと言って息子を1人でジムや図書館に行かせたくなかった。執政官やポールのファンクラブに絡まれる心配があったからだ。
 ポールが息子に玩具を与えた。ロイ・ヒギンズ連邦捜査官がドーム滞在中に使用していた端末だ。使用出来るアプリが極力制限されている外部からの訪問者用端末で、ヒギンズが使用した履歴は既に削除・初期化されていた。
 ライサンダーは休憩スペースの簡易ベッドに座って端末を操作し始めた。ダリルの息子なので機械物の扱いは得意だ。彼は直ぐにとんでもないアドレスを発見した。パパラッチサイトだ。開くとドーム内の様子を撮影した動画や静止画が沢山出て来た。

 殆どがPちゃんの画像だ・・・Pちゃんの追っかけサイトなのか?

 勿論、他のドーマーや執政官達も撮影されていた。失敗シーンやプライバシー侵害の本人が見たら憤慨間違いないような場面が多い。しかし、削除されずに残っている。
 ライサンダーはアクセス数の多い画像を選んで見ていった。かなり面白い。暫く夢中になって見ていた。
 ふとある画像で彼は手を止めた。暫く眺めてから顔を上げ、親達を見た。ポールはコンピュータの画面を見ながら端末で部下と話をしていた。ダリルは書類の分類を終えて秘書レベルで決裁出来るものに署名を始めた。彼等の手が空くのはかなり先に思えたので、ライサンダーは思い切って声を掛けてみた。

「父さん、ちょっと良いかな?」

「父さん」と言う呼びかけにポールは無反応で、ダリルが振り返った。

「何だ?」
「あの・・・PちゃんとJJは交際しているの?」

「Pちゃん」にポールが反応した。部下に「ちょっと待て」と言って、ライサンダーに振り向いた。

「答えはイエスだ。以上。」

 そしてまた仕事に戻った。ライサンダーはぽかんとしてダリルを見た。ダリルがクスッと笑って頷いて見せた。ライサンダーはもう1度画像を見た。ポールとJJはキスをしたり、手を繋いで歩いていたり、仲良く行動していた。普通に小父さんと若い娘が交際している風景だ。パパラッチのコメントも好意的で、揶揄する様なものはない。ドームでは既に公認の仲なのだ。
 
 妹みたいなJJが、俺の父親と交際している・・・

 ドラマではよくあることだ。だが・・・

「Pちゃんは父さんと愛し合っているんだよね?」
「そうだが・・・」

 ダリルはポールを見た。ポールも通話を終えたところで、ダリルを振り返った。

「何か問題でも?」
「男と女と同時に愛せるの、Pちゃん?」
「ダリルだって女がいるぞ。」
「えっ?!」

 ライサンダーがこちらを向いたので、ダリルは覚悟を決めた。

「私にも交際している女性がいる。」
「父さんも・・・」
「ポールも私もプラトニックな範囲で交際しているが、おまえが納得いかないのはわかる。私もポールとJJが交際を始めた時は驚いた。しかし、2人の成り染めはおまえが知っているだろう?」
「ラムゼイのトラックの中・・・」
「JJには翻訳機を使わなくても気持ちを伝えられるポールが必要だった。そしてポールの優しさに触れて彼を愛し始めた。ポールは若い頃からずっといろんな人間の欲望に悩まされてきた。でもJJは純粋に彼の心を好きになった。だからポールは彼女を受け入れた。」
「父さんはPちゃんにとっては何なのさ?」

 これはポールが答えた。

「俺たちは2人で1人だ。」
「はぁ?」
「ダリルは俺の心の半分だ。だから俺は半年前迄死んでいた。彼が戻ってきたので、俺は生き返り、目を開いたら、そこに可愛い女がいた。そう言うことだ。」
「そう言うことって・・・?」
「ライサンダー、ポールと私は何でもお互いのことを知っているが、時にはお互いに話せないこともある。話せば相手が傷つくとわかっているからだ。しかし秘密を抱えているのは苦しいだろう? そんな時、もう1人理解してくれる人が必要だ。信頼と信用がおける人が、偶々私達にとっては女性だった。」
「でも、彼女達は、父さん達に自分1人だけを見て欲しいって思っているんじゃないかな?」

 するとポールが、接触テレパスの父親が自信を持って答えた。

「彼女達は全然そんなことを思っていない。彼女達は俺達を知っているからだ。もし他の女性だったら、確かにおまえが思っている通りだろうがな。」

 ライサンダーは反論しようと思ったが、言葉が思いつかなかった。ポールが言ったことは確かに真実なのだろう。JJはドーマー達が特殊な環境で育っていることを知らない。彼女自身が特殊な生い立ちだったからだ。それに、ダリルは彼等の恋愛をプラトニックだと言った。まだ親友の段階で留まっている交際なのだ。
「わかった。」とライサンダーは言った。

「仕事の手を止めさせて御免。続けて下さい。俺はもう少しこの暴露サイトを見ているから。」

 そこで初めて息子が何を見ていたのか、二親は悟った。2人は同時に叫んだ。

「見なくて良い!」
「もっと為になるものを見なさい!」