ライサンダーがポートランドに戻る朝、彼のスーツが仕上がって来た。ダリルは息子に白いシャツとダークスーツを着せ、ネクタイの締め方を伝授した。
ライサンダーは生まれて初めてスーツを着て、ぎこちなく体を動かした。
「なんだか急に歳を取った気分だ。」
「どうして? 私達は18歳からずっと着ているんだぞ?」
「父さんは22歳から18年間野良着だったじゃないか。」
「スーツで畑は耕せないからだ。」
そばの席で2人のやりとりを眺めているポールは、航空班からのメールを受けた。
「1時間後に出発だ。ライサンダー、スーツを着るのは明日だ。早く着替えろ。」
「靴も忘れずに持って行けよ。」
ダリルは世話焼きの母親みたいに息子の持ち物を整理して鞄に押し込めた。ドームに来た時は着の身着のままだったライサンダーは、わずか1週間足らずの滞在で多くの荷物を持って出ていくことになった。
「父さんの彼女には会えなかったなぁ。局長って人にも会えなかったし・・・そう言えば、ジェリーにも会っていない!」
「また直ぐに戻って来るのだから、気にするな。」
ダリルの彼女には会っているじゃないか、とポールは内心思ったが、敢えて言わなかった。ダリルが言わないのだから、口出ししないでおこう。
ゲートまで見送りに来たダリルをハグしてから、ライサンダーは久し振りに俗世間に戻った。
ヘリポートまで行くと、思いがけない人がそこで待っていた。保安課員に付き添われて立っている女性を見て、ライサンダーは思わず駆け寄った。
「シェイ! 元気だった?」
「ライサンダー、立派になったね!」
ハグし合う2人を見て、ポールが咳払いした。
「感動の再会に水を挿すようだが、待ち合わせの時間を守るように。」
「でも・・・」
「すぐにまた会えるだろ!」
「はい。」
シェイはラムゼイの牧場で一緒に過ごした少年に会いに来たに過ぎない。ライサンダーが彼女の名前をIDの母親の欄に書いていることは知らないのだ。ポールも彼女が息子の母親だとは思っていない。クローン製造に必要な卵子の殻を提供しただけの女性だ。だがライサンダーが彼女を特別な人だと思う気持ちは大事にしてやるつもりだ。だから、航空班に頼んで短時間の面会を設定したのだ。
その後、ヘリでポートランドに飛んだポールとライサンダーは、ポートランド市警でアメリア・ドッティと合流し、ポーレット・ゴダートの遺体引き取りの手続きを行った。
アメリアが用意した棺は見た目は質素だったが、高価な木材が使用されていた。派手な装飾はポーレットの人柄にはそぐわないとアメリアが判断したのだ。彼女が連れて来た葬儀社の人がポーレットに死化粧を施し、ポーレット・ゴダートは眠っている様に見えた。
アメリアは用意したホテルにポールとライサンダー、ポーレットを連れて行った。
ホテルの小ホールで通夜が行われ、ドッティ海運の従業員達やポーレットの学生時代の友人達がやって来た。ライサンダーは気丈に彼等のお悔やみの言葉を受け、挨拶をした。ポールは黙って彼のそばに付き添っていた。来客の挨拶が途切れた時、ライサンダーは父親を振り返った。ドーマーにとって外の世界の葬儀は珍しいのだろう。ポールは立食パーティの様な形式の通夜を興味深げに眺めていた。
「疲れない、お父さん?」
「否。おまえはどうなんだ?」
「ちょっと休憩したいな。」
2人は空いた席を見つけて座った。すぐにボーイが来て飲み物を渡してくれた。
そこへアメリアが来た。2人が立ち上がろうとすると、彼女は「そのままで」と合図した。
「何から何まで有り難う。」
ライサンダーが感謝すると、黒い喪中用のドレスを着たアメリアが微笑んだ。
「レインさんから、ドームの外のことは何も知らないとお聞きして、精一杯協力させて戴いています。主人からも、私の気が済むようにしなさいと言ってもらっています。」
その時、職場の同僚達がライサンダーを呼ぶ声が聞こえた。ライサンダーはアメリアに断ってそちらへ行った。アメリアは彼が座っていた椅子に座り、残ったポールに囁いた。
「フラネリー家からもお悔やみの言葉を戴いています。」
「有り難う。」
「伯母がライサンダーに会いたがっています。」
「それは、彼に任せます。俺がとやかく言うことじゃない。」
アメリアは少し考えてから、彼女の考えを口に出した。
「伯母と従兄妹達はライサンダーの将来と彼の子供の安全を気に掛けています。」
「息子は君の会社で働くことに不満はないようですが?」
「ええ・・・でも彼を守るのは難しいです。」
「ドームの外は何処に行っても危険だらけですよ。」
ポールは懸念した。アメリア・ドッティはライサンダーを護衛付きの富豪の生活に引き込もうとしているのだろうか。それはライサンダーには似つかわしくないだろう。山の一軒家で自由奔放に育った息子だ。四六時中護衛に囲まれて暮らすのは息が詰まることに違いない。それに、ダリルもそんな生活を息子が送ることを好まないはずだ。
アメリアが彼女の計画を彼だけに聞こえる声で囁いた。ポールはちょっと驚いた。
「本気ですか?」
「本気です。」
アメリアは微笑した。
「セイヤーズさんとお話した時に、あの方がライサンダーが育った家の話を語ってくれました。私、昔から考えていた計画にぴったりだと思いますの。今すぐにとは申しませんが、ライサンダーが落ち着いたら打ち明けます。どうか、反対なさらないで下さいね。」
「しません。」
ポールは、女性の発想は面白いと思った。
ライサンダーは、父親と妻の友人が語り合っているのを離れた場所から眺めていた。富豪の奥様は父親の従妹なのだ。地球上の女性は全てクローンだと聞いているが、血縁重視で配置されている。アメリアはポールと少し似ていた。そして、この美男美女カップルに会場の多くの人々が視線を向けていることにも気が付いた。
ポール・レイン・ドーマーはダークスーツが本当に似合っていた。
ライサンダーは生まれて初めてスーツを着て、ぎこちなく体を動かした。
「なんだか急に歳を取った気分だ。」
「どうして? 私達は18歳からずっと着ているんだぞ?」
「父さんは22歳から18年間野良着だったじゃないか。」
「スーツで畑は耕せないからだ。」
そばの席で2人のやりとりを眺めているポールは、航空班からのメールを受けた。
「1時間後に出発だ。ライサンダー、スーツを着るのは明日だ。早く着替えろ。」
「靴も忘れずに持って行けよ。」
ダリルは世話焼きの母親みたいに息子の持ち物を整理して鞄に押し込めた。ドームに来た時は着の身着のままだったライサンダーは、わずか1週間足らずの滞在で多くの荷物を持って出ていくことになった。
「父さんの彼女には会えなかったなぁ。局長って人にも会えなかったし・・・そう言えば、ジェリーにも会っていない!」
「また直ぐに戻って来るのだから、気にするな。」
ダリルの彼女には会っているじゃないか、とポールは内心思ったが、敢えて言わなかった。ダリルが言わないのだから、口出ししないでおこう。
ゲートまで見送りに来たダリルをハグしてから、ライサンダーは久し振りに俗世間に戻った。
ヘリポートまで行くと、思いがけない人がそこで待っていた。保安課員に付き添われて立っている女性を見て、ライサンダーは思わず駆け寄った。
「シェイ! 元気だった?」
「ライサンダー、立派になったね!」
ハグし合う2人を見て、ポールが咳払いした。
「感動の再会に水を挿すようだが、待ち合わせの時間を守るように。」
「でも・・・」
「すぐにまた会えるだろ!」
「はい。」
シェイはラムゼイの牧場で一緒に過ごした少年に会いに来たに過ぎない。ライサンダーが彼女の名前をIDの母親の欄に書いていることは知らないのだ。ポールも彼女が息子の母親だとは思っていない。クローン製造に必要な卵子の殻を提供しただけの女性だ。だがライサンダーが彼女を特別な人だと思う気持ちは大事にしてやるつもりだ。だから、航空班に頼んで短時間の面会を設定したのだ。
その後、ヘリでポートランドに飛んだポールとライサンダーは、ポートランド市警でアメリア・ドッティと合流し、ポーレット・ゴダートの遺体引き取りの手続きを行った。
アメリアが用意した棺は見た目は質素だったが、高価な木材が使用されていた。派手な装飾はポーレットの人柄にはそぐわないとアメリアが判断したのだ。彼女が連れて来た葬儀社の人がポーレットに死化粧を施し、ポーレット・ゴダートは眠っている様に見えた。
アメリアは用意したホテルにポールとライサンダー、ポーレットを連れて行った。
ホテルの小ホールで通夜が行われ、ドッティ海運の従業員達やポーレットの学生時代の友人達がやって来た。ライサンダーは気丈に彼等のお悔やみの言葉を受け、挨拶をした。ポールは黙って彼のそばに付き添っていた。来客の挨拶が途切れた時、ライサンダーは父親を振り返った。ドーマーにとって外の世界の葬儀は珍しいのだろう。ポールは立食パーティの様な形式の通夜を興味深げに眺めていた。
「疲れない、お父さん?」
「否。おまえはどうなんだ?」
「ちょっと休憩したいな。」
2人は空いた席を見つけて座った。すぐにボーイが来て飲み物を渡してくれた。
そこへアメリアが来た。2人が立ち上がろうとすると、彼女は「そのままで」と合図した。
「何から何まで有り難う。」
ライサンダーが感謝すると、黒い喪中用のドレスを着たアメリアが微笑んだ。
「レインさんから、ドームの外のことは何も知らないとお聞きして、精一杯協力させて戴いています。主人からも、私の気が済むようにしなさいと言ってもらっています。」
その時、職場の同僚達がライサンダーを呼ぶ声が聞こえた。ライサンダーはアメリアに断ってそちらへ行った。アメリアは彼が座っていた椅子に座り、残ったポールに囁いた。
「フラネリー家からもお悔やみの言葉を戴いています。」
「有り難う。」
「伯母がライサンダーに会いたがっています。」
「それは、彼に任せます。俺がとやかく言うことじゃない。」
アメリアは少し考えてから、彼女の考えを口に出した。
「伯母と従兄妹達はライサンダーの将来と彼の子供の安全を気に掛けています。」
「息子は君の会社で働くことに不満はないようですが?」
「ええ・・・でも彼を守るのは難しいです。」
「ドームの外は何処に行っても危険だらけですよ。」
ポールは懸念した。アメリア・ドッティはライサンダーを護衛付きの富豪の生活に引き込もうとしているのだろうか。それはライサンダーには似つかわしくないだろう。山の一軒家で自由奔放に育った息子だ。四六時中護衛に囲まれて暮らすのは息が詰まることに違いない。それに、ダリルもそんな生活を息子が送ることを好まないはずだ。
アメリアが彼女の計画を彼だけに聞こえる声で囁いた。ポールはちょっと驚いた。
「本気ですか?」
「本気です。」
アメリアは微笑した。
「セイヤーズさんとお話した時に、あの方がライサンダーが育った家の話を語ってくれました。私、昔から考えていた計画にぴったりだと思いますの。今すぐにとは申しませんが、ライサンダーが落ち着いたら打ち明けます。どうか、反対なさらないで下さいね。」
「しません。」
ポールは、女性の発想は面白いと思った。
ライサンダーは、父親と妻の友人が語り合っているのを離れた場所から眺めていた。富豪の奥様は父親の従妹なのだ。地球上の女性は全てクローンだと聞いているが、血縁重視で配置されている。アメリアはポールと少し似ていた。そして、この美男美女カップルに会場の多くの人々が視線を向けていることにも気が付いた。
ポール・レイン・ドーマーはダークスーツが本当に似合っていた。