昼食後、仕事が残っているダリルとポールはオフィスに戻って行き、ライサンダーは独りで図書館に行った。外の情報を気軽に見られるのはそこしかないと教えられたからだ。
山奥で育ったライサンダーには、ドームの図書館が外の世界の図書館と同じなのか違うのか判断出来なかった。ただ静かな場所で、ロビーでは十数人の人々が寛いでいた。彼等はドーマーだったりコロニー人だったりしたが、殆ど男性で、ライサンダーが新顔であると気が付いたかも知れないが、無関心を装っていたので、彼は気が楽になった。
ニュース等が見られるコンピュータの使用を申し込み、指定されたブースに入った。ポールにもらった端末をかざすと認証された。
ライサンダーは時事ニュースのサイトを順番に見ていった。セイヤーズ家の事件は既に発生から2日たっていたので扱いが小さくなっていた。犯人グループは黙秘しているが証人がいるので有罪は確実だろうと言う、その程度のものだった。
ライサンダーは少し肩透かしを食った気分になったが、社会から忘れてもらえることに安堵もした。己がクローンであることや、赤ん坊が胎児のままで母体から盗まれかけたことなど、出来れば知られたくないことばかりだ。
残りの使用時間は政治や他の社会問題のニュースを見て過ごした。職場に復帰する時に頭が時代遅れになっていては困るのだ。
ブースから出たのは1時間後だった。ロビーのソファに座って暫くぼんやりと頭を休めていると、前の席に座った年輩の男性がいた。
「ライサンダー・セイヤーズだね?」
柔らかな口調の落ち着いた声だった。ライサンダーはぼんやりさせていた目の焦点を合わせた。彼に認識されたと確信した男性は名乗った。
「当アメリカ・ドームの代表のニコラス・ケンウッドです。」
「は・・・初めまして、ライサンダー・セイヤーズです。」
長官だ。ライサンダーはびっくりした。父ダリルが暴力沙汰を起こして叱られたと聞いた時、恐い人だと想像していたのだが、目の前に居るのは優しそうな小父さんだった。
彼は長官が差し出した手を握った。温かかった。
「奥さんのことは残念だった。お悔やみ申し上げます。」
とケンウッドが言った。ライサンダーが礼を言うと、彼は微笑んだ。
「君が元気そうで安心しました。ドームの中は君には奇妙な世界に見えるかも知れないが、赤ん坊が無事に育つ迄我慢して下さい。」
「我慢だなんて・・・」
ライサンダーは長官の腰が低いことに戸惑った。
「俺の方こそ、ここに居る資格がないのに、親に甘えて居座っています。さっき、親達と相談したのですが、妻の葬儀の後で外の世界に戻ります。週に2日、子供の様子を見に来ます。どうか許可をお願いします。」
ケンウッドは目の前の「サタジット・ラムジーの最高傑作」を見つめた。
「君がその面倒な生活を受け容れてくれるのであれば、こちらは何の問題もありません。」
長官が丁寧なのは、ライサンダー・セイヤーズが「民間人」だからだ。ドーマーの子だが、違法クローンと言う出生だが、今は市民権を持つ成人だ。1人の地球人としてのライサンダーに敬意を表しているのだった。
「あの・・・」
ライサンダーは勇気を振り絞って提案した。
「俺の細胞を研究に使ってもらっても良いです。もしそれで地球に女の人が増えて、マコーリー達の様な犯罪者がいなくなるのであれば・・・」
「ライサンダー」とケンウッドは優しく呼びかけた。
「君の細胞は君がここへ来た晩に、健康診断の為に採取したもので充分です。君は正式な地球市民と認められているのですから、我々は君を研究の為のドーマーと同じには扱いません。」
「ドーマーは正式な地球市民ではないのですか?」
「少なくとも、ドームの外に自由に出る権利はありません。選挙権も持っていない。ドームの中にいる限り、子供を持つ権利も認められません。そして納税者でもありません。」
「でも・・・」
「でも地球人ですから、コロニー人のペットではないし奴隷でもない。人間としての権利は持っています。」
長官は可笑しそうに笑った。
「話が逸れました。兎に角、これ以上君から細胞を戴くことはありません。もし、ドームの中に居る時に執政官から理不尽な扱いを受けたら、遠慮なく訴えて下さい。保安課に通報してもかまいません。コロニー人は地球上では地球人を尊重しなければならない。どんな出生の形でも地球人である以上、守られなければなりません。」
「そうですか・・・では遠慮なく保安課に通報します。うっかり父に言って、父が執政官を殴ると困りますから。」
「その『父』はブロンドの方ですね?」
「ええ・・・黒髪の方は理性がありますから。」
ケンウッドが声をたてて笑ったので、周囲の人々が振り返った。ライサンダーが「しーっ」と指を立てたので、長官が照れくさそうに首をすくめた。
山奥で育ったライサンダーには、ドームの図書館が外の世界の図書館と同じなのか違うのか判断出来なかった。ただ静かな場所で、ロビーでは十数人の人々が寛いでいた。彼等はドーマーだったりコロニー人だったりしたが、殆ど男性で、ライサンダーが新顔であると気が付いたかも知れないが、無関心を装っていたので、彼は気が楽になった。
ニュース等が見られるコンピュータの使用を申し込み、指定されたブースに入った。ポールにもらった端末をかざすと認証された。
ライサンダーは時事ニュースのサイトを順番に見ていった。セイヤーズ家の事件は既に発生から2日たっていたので扱いが小さくなっていた。犯人グループは黙秘しているが証人がいるので有罪は確実だろうと言う、その程度のものだった。
ライサンダーは少し肩透かしを食った気分になったが、社会から忘れてもらえることに安堵もした。己がクローンであることや、赤ん坊が胎児のままで母体から盗まれかけたことなど、出来れば知られたくないことばかりだ。
残りの使用時間は政治や他の社会問題のニュースを見て過ごした。職場に復帰する時に頭が時代遅れになっていては困るのだ。
ブースから出たのは1時間後だった。ロビーのソファに座って暫くぼんやりと頭を休めていると、前の席に座った年輩の男性がいた。
「ライサンダー・セイヤーズだね?」
柔らかな口調の落ち着いた声だった。ライサンダーはぼんやりさせていた目の焦点を合わせた。彼に認識されたと確信した男性は名乗った。
「当アメリカ・ドームの代表のニコラス・ケンウッドです。」
「は・・・初めまして、ライサンダー・セイヤーズです。」
長官だ。ライサンダーはびっくりした。父ダリルが暴力沙汰を起こして叱られたと聞いた時、恐い人だと想像していたのだが、目の前に居るのは優しそうな小父さんだった。
彼は長官が差し出した手を握った。温かかった。
「奥さんのことは残念だった。お悔やみ申し上げます。」
とケンウッドが言った。ライサンダーが礼を言うと、彼は微笑んだ。
「君が元気そうで安心しました。ドームの中は君には奇妙な世界に見えるかも知れないが、赤ん坊が無事に育つ迄我慢して下さい。」
「我慢だなんて・・・」
ライサンダーは長官の腰が低いことに戸惑った。
「俺の方こそ、ここに居る資格がないのに、親に甘えて居座っています。さっき、親達と相談したのですが、妻の葬儀の後で外の世界に戻ります。週に2日、子供の様子を見に来ます。どうか許可をお願いします。」
ケンウッドは目の前の「サタジット・ラムジーの最高傑作」を見つめた。
「君がその面倒な生活を受け容れてくれるのであれば、こちらは何の問題もありません。」
長官が丁寧なのは、ライサンダー・セイヤーズが「民間人」だからだ。ドーマーの子だが、違法クローンと言う出生だが、今は市民権を持つ成人だ。1人の地球人としてのライサンダーに敬意を表しているのだった。
「あの・・・」
ライサンダーは勇気を振り絞って提案した。
「俺の細胞を研究に使ってもらっても良いです。もしそれで地球に女の人が増えて、マコーリー達の様な犯罪者がいなくなるのであれば・・・」
「ライサンダー」とケンウッドは優しく呼びかけた。
「君の細胞は君がここへ来た晩に、健康診断の為に採取したもので充分です。君は正式な地球市民と認められているのですから、我々は君を研究の為のドーマーと同じには扱いません。」
「ドーマーは正式な地球市民ではないのですか?」
「少なくとも、ドームの外に自由に出る権利はありません。選挙権も持っていない。ドームの中にいる限り、子供を持つ権利も認められません。そして納税者でもありません。」
「でも・・・」
「でも地球人ですから、コロニー人のペットではないし奴隷でもない。人間としての権利は持っています。」
長官は可笑しそうに笑った。
「話が逸れました。兎に角、これ以上君から細胞を戴くことはありません。もし、ドームの中に居る時に執政官から理不尽な扱いを受けたら、遠慮なく訴えて下さい。保安課に通報してもかまいません。コロニー人は地球上では地球人を尊重しなければならない。どんな出生の形でも地球人である以上、守られなければなりません。」
「そうですか・・・では遠慮なく保安課に通報します。うっかり父に言って、父が執政官を殴ると困りますから。」
「その『父』はブロンドの方ですね?」
「ええ・・・黒髪の方は理性がありますから。」
ケンウッドが声をたてて笑ったので、周囲の人々が振り返った。ライサンダーが「しーっ」と指を立てたので、長官が照れくさそうに首をすくめた。