2017年2月4日土曜日

大嵐 5

 その日ライサンダー・セイヤーズは午前中で夜勤が終わるはずだった。しかし、朝番の同僚が急病に罹り、急遽お昼までの約束で臨時に働くことになった。自宅に連絡を入れてから、彼は大量の香辛料の袋を船から倉庫へ運んだ。気温が高い日で、強烈な匂いに彼も仲間もうんざりした。当分の間カレーの匂いを嗅ぎたくない・・・。こんな匂いの仕事の後はビールの1杯もひっかけたいところだが、真っ昼間だし、土曜日だったので、誰もが自宅に帰りたがった。ライサンダーもタイムカードを読み込ませてから、自転車を漕いで家路を急いだ。
 自宅前に見知らぬミニバンが駐車していた。最近、この近所でミニバンを見かけることが多いなぁと思いつつ、ライサンダーはガレージ前に自転車を置いた。リンビングの窓のブラインドが微かに揺れたような気がした。
 玄関のドアをノックしようとして、鍵が掛かっていないことに気が付いた。ポーレットには夫が留守の時は必ず施錠するように言ってある。かけ忘れたのか?
 ライサンダーは家の中に入った。

「ポーレット、帰ったよ・・・」

 家の中はしーんと静まりかえっていた。妻は昼食の支度をして待っているはずだったが、キッチンは無人だった。
 ライサンダーは項の毛が逆立つ様な不安を覚えた。家の中に人の気配がある。しかし、ポーレットではない。酷く緊張した嫌な気配だ。武器を持っていないライサンダーはキッチンにナイフを取りに戻った。フォルダーのナイフを掴もうとして、戸口に人の気配を感じて振り返った。
 背の高い若いアフリカ系の男が立っていた。初対面だが、顔に見覚えがあった。ポーレットが画像を見せてくれたことがあった。

「貴方は、ドン・・・」
「マコーリーだ。」

 ライサンダーはドン・マコーリーの手を見た。産科医マコーリーは、拳銃を彼に向けていた。

「何の真似だ?」
「一緒に来てもらおう。」
「何故だ? ポーレットはどうした?」
「ポーレット・・・」

 マコーリーがちょっと哀しげな目をした。

「幼馴染みの可愛い子だったが・・・何故か白人が好きな女でな・・・」
「だから、彼女はどこだ? どこへやった?」

 その時、マコーリーの後ろにもう1人の男が現れた。こちらはミックスだ。

「ドン、終わったぜ。さっさと引き揚げよう。」

 ライサンダーはその男の他にも複数の人間の姿を背後に見た。全部で4人いるのか・・・。素手なら喧嘩に負けない自信があったが、マコーリーは拳銃を向けていた。

「おまえ達、ポーレットに何かしたら俺が許さないぞっ!」
「ああ・・・もう何もしない。」

 ドン・マコーリーはライサンダーの全身を舐めるように見た。

「今はおまえに興味が移った・・・」