その日のディナーをポール・レイン・ドーマーは久し振りに中央研究所の食堂で取った。クリスチャン・ドーソン・ドーマーの呼びかけでチーフ会議を兼ねた会食をしたのだ。だから、ダリルとは別行動だった。
会議の内容は、遺伝子管理局の局員の抗原注射接種を30代で止めてはどうかと言うものだった。ポールが数週間前に「飽和」を経験して、現役チーフは全員注射を必要としない体になった。チーフが時間制限を気にせずに働けるのに、若い部下達が注射の効力切れを気にしながら仕事をするのは良くないのではないか、とドーソンは考えたのだ。
「ドームの外の空気は今のシステムが導入された頃と比べて格段に綺麗になっている。放射線量もオゾン層の再生で激減した。問題は細菌だ。」
ドーソンはドームの外の人間がドーマーより短命なのは健康管理の方法に問題があると考えていた。だから、ドーマーが抗原注射を止めてもドームの外で生活するのでなければ寿命に問題はないだろうと意見を言った。他のチーフ達は同意見だったが、部下に早期の「通過」を強制するほどのこともないだろうと言った。注射の回数を減らすか、薬剤の種類を見直すか、方法はいくらでも考えられる、執政官に提案してみては、と南米班から意見が出た。ホアン・ドルスコ・ドーマーの部下は殆どが「通過」を30歳になる前に済ませてしまっているので、あまりこの会議に関心がないようだった。北米の2班の問題だろうと言いたげだ。中米のクロエル・ドーマーもホアンに同調した。結局、ドーソンが執政官に提案してみると言うことで、会議と食事会は終了した。
チーフ達が解散すると、ポールは1人テーブルに残って部下達のスケジュールを確認した。注射が不要な部下は北米南部班では10名しかいない。残りの15名はまだ注射に頼っている。西海岸での仕事を考えると、やはり「通過」は必要だろう、と彼は思った。
ふと気が付くと、執政官のファンクラブが彼の周辺に集まっていた。久し振りにポールが1人で中央研究所の食堂に居るので、誰かが集合をかけたのだ。
ちぇっ、囲まれたか・・・
ドーマーが近くにいないので彼等の接近を防ぎようがない。果たして、2名ばかり、彼のテーブルの空いた席に座った。ポールはいつのも様に無視しようと努めた。
そろそろ仕事を終わらせてアパートに帰ろうと思い始めた頃に、執政官が話しかけてきた。
「君が髪を伸ばし始めてから、こんな風にのんびり話をする機会がなかったなぁ、ポール?」
のんびりだって? ポールは耳を貸すまいと思った。執政官達が口々に「ますます綺麗になった」とか「若返った」とか賞賛し始めたからだ。五月蠅いので黙らせる口実を考えていたら、最初の執政官がまた話しかけた。
「君と同じ髪のあの男、ライサンダー・セイヤーズだっけ?」
「だっけ」にはいちいち気にするようなヤツじゃない、と言うニュアンスが含まれていた。
「子供が人工子宮から出る迄ここに通って来るそうだが、ポール、もう君がかまう必要はないんじゃないか? セイヤーズが創ったクローンなのだから、セイヤーズに任せておけば良いんだ。父親ごっこはもう終わりにしろよ。」
「そうだ、君はまだ若いんだから、子供はこれからいくらでも作れるだろう? オジサンにならないでくれよ。」
「僕は、ライサンダーが君を『お父さん』と呼ぶのを耳にした時、ゾッとしたぜ。」
彼等はアイドルが何時までも若々しくいるものだと思っている。しかしポールは普通に歳を取りたいのだ。ドームの中に居るから外の人間より老化が少し遅いだけだ。
彼は端末を仕舞い、立ち上がった。ファンクラブには目もくれずに歩きかけると、誰かが席を立って彼を追いかけた。
「ポール・・・」
情けない泣きそうな声を聞いて、ポールは立ち止まった。振り返らずに言った。
「俺はライサンダーが息子だと言うことに誇りを感じている。人間として素晴らしい男を息子として与えてくれたダリル・セイヤーズに心から感謝している。彼等を認めないと言うヤツ等とは金輪際付き合わない。」
ファンクラブの連中の間から息を呑む音が聞こえた。ポールが自身の考えをファンクラブに告げたのは初めてだ。しかも、彼は怒っていた。
「御免よ、ポール・・・」
1人が言葉を発すると、忽ち彼等は口々に謝罪を始めた。
「君の息子をけなすつもりはなかったんだ。」
「君がセイヤーズ親子とばかり一緒にいるから、つい嫉妬したんだ。」
「セイヤーズは・・・親の方だけど・・・ちょっと物騒で苦手なんだ。」
「他のドーマー達と同じように、ライサンダーも扱うよ。地球人として尊重する。」
「だから、僕等と付き合わないなんて言わないでくれ。」
なんて面倒臭い人々なんだ、とポールは心の中で愚痴った。大人だろう? 俺より年上の者もいるはずだろう? どうしていちいち俺の機嫌を取るんだ? 俺と付き合わなくたって日々楽しく暮らせるだろうに。
彼は、この場で一番の問題だけ解決しておくことにした。くるりとファンクラブの方へ向き直ると、コロニー人達が緊張の面持ちで彼を見つめた。
「一言言っておく。ダリル・セイヤーズ・ドーマーは乱暴者ではない。普段の彼は君等がびっくりするほど脳天気でぼーっとしているんだ。隙だらけだ。それ故に、いきなり手を触れたりすると、あの男はびっくりして反射的に相手を殴りつけるのだ。殴られたくなければ、彼に触る前に声を掛けて、穏やかに手を伸ばせ。
これは、ドーマーの間では常識だ。」
会議の内容は、遺伝子管理局の局員の抗原注射接種を30代で止めてはどうかと言うものだった。ポールが数週間前に「飽和」を経験して、現役チーフは全員注射を必要としない体になった。チーフが時間制限を気にせずに働けるのに、若い部下達が注射の効力切れを気にしながら仕事をするのは良くないのではないか、とドーソンは考えたのだ。
「ドームの外の空気は今のシステムが導入された頃と比べて格段に綺麗になっている。放射線量もオゾン層の再生で激減した。問題は細菌だ。」
ドーソンはドームの外の人間がドーマーより短命なのは健康管理の方法に問題があると考えていた。だから、ドーマーが抗原注射を止めてもドームの外で生活するのでなければ寿命に問題はないだろうと意見を言った。他のチーフ達は同意見だったが、部下に早期の「通過」を強制するほどのこともないだろうと言った。注射の回数を減らすか、薬剤の種類を見直すか、方法はいくらでも考えられる、執政官に提案してみては、と南米班から意見が出た。ホアン・ドルスコ・ドーマーの部下は殆どが「通過」を30歳になる前に済ませてしまっているので、あまりこの会議に関心がないようだった。北米の2班の問題だろうと言いたげだ。中米のクロエル・ドーマーもホアンに同調した。結局、ドーソンが執政官に提案してみると言うことで、会議と食事会は終了した。
チーフ達が解散すると、ポールは1人テーブルに残って部下達のスケジュールを確認した。注射が不要な部下は北米南部班では10名しかいない。残りの15名はまだ注射に頼っている。西海岸での仕事を考えると、やはり「通過」は必要だろう、と彼は思った。
ふと気が付くと、執政官のファンクラブが彼の周辺に集まっていた。久し振りにポールが1人で中央研究所の食堂に居るので、誰かが集合をかけたのだ。
ちぇっ、囲まれたか・・・
ドーマーが近くにいないので彼等の接近を防ぎようがない。果たして、2名ばかり、彼のテーブルの空いた席に座った。ポールはいつのも様に無視しようと努めた。
そろそろ仕事を終わらせてアパートに帰ろうと思い始めた頃に、執政官が話しかけてきた。
「君が髪を伸ばし始めてから、こんな風にのんびり話をする機会がなかったなぁ、ポール?」
のんびりだって? ポールは耳を貸すまいと思った。執政官達が口々に「ますます綺麗になった」とか「若返った」とか賞賛し始めたからだ。五月蠅いので黙らせる口実を考えていたら、最初の執政官がまた話しかけた。
「君と同じ髪のあの男、ライサンダー・セイヤーズだっけ?」
「だっけ」にはいちいち気にするようなヤツじゃない、と言うニュアンスが含まれていた。
「子供が人工子宮から出る迄ここに通って来るそうだが、ポール、もう君がかまう必要はないんじゃないか? セイヤーズが創ったクローンなのだから、セイヤーズに任せておけば良いんだ。父親ごっこはもう終わりにしろよ。」
「そうだ、君はまだ若いんだから、子供はこれからいくらでも作れるだろう? オジサンにならないでくれよ。」
「僕は、ライサンダーが君を『お父さん』と呼ぶのを耳にした時、ゾッとしたぜ。」
彼等はアイドルが何時までも若々しくいるものだと思っている。しかしポールは普通に歳を取りたいのだ。ドームの中に居るから外の人間より老化が少し遅いだけだ。
彼は端末を仕舞い、立ち上がった。ファンクラブには目もくれずに歩きかけると、誰かが席を立って彼を追いかけた。
「ポール・・・」
情けない泣きそうな声を聞いて、ポールは立ち止まった。振り返らずに言った。
「俺はライサンダーが息子だと言うことに誇りを感じている。人間として素晴らしい男を息子として与えてくれたダリル・セイヤーズに心から感謝している。彼等を認めないと言うヤツ等とは金輪際付き合わない。」
ファンクラブの連中の間から息を呑む音が聞こえた。ポールが自身の考えをファンクラブに告げたのは初めてだ。しかも、彼は怒っていた。
「御免よ、ポール・・・」
1人が言葉を発すると、忽ち彼等は口々に謝罪を始めた。
「君の息子をけなすつもりはなかったんだ。」
「君がセイヤーズ親子とばかり一緒にいるから、つい嫉妬したんだ。」
「セイヤーズは・・・親の方だけど・・・ちょっと物騒で苦手なんだ。」
「他のドーマー達と同じように、ライサンダーも扱うよ。地球人として尊重する。」
「だから、僕等と付き合わないなんて言わないでくれ。」
なんて面倒臭い人々なんだ、とポールは心の中で愚痴った。大人だろう? 俺より年上の者もいるはずだろう? どうしていちいち俺の機嫌を取るんだ? 俺と付き合わなくたって日々楽しく暮らせるだろうに。
彼は、この場で一番の問題だけ解決しておくことにした。くるりとファンクラブの方へ向き直ると、コロニー人達が緊張の面持ちで彼を見つめた。
「一言言っておく。ダリル・セイヤーズ・ドーマーは乱暴者ではない。普段の彼は君等がびっくりするほど脳天気でぼーっとしているんだ。隙だらけだ。それ故に、いきなり手を触れたりすると、あの男はびっくりして反射的に相手を殴りつけるのだ。殴られたくなければ、彼に触る前に声を掛けて、穏やかに手を伸ばせ。
これは、ドーマーの間では常識だ。」