2017年2月25日土曜日

オリジン 4

 ライサンダーが両親のアパートに入ると、まだ誰も帰っていなかった。彼は鞄を自分用にあてがわれた小さな寝室に置き、キッチンへ行った。喉が渇いたので冷蔵庫を開けてみると、ミネラルウォーターとミルク、卵、バター、それに加工された肉類が少々入っていた。ポール・レイン・ドーマーに料理のイメージが湧かないので、これはダリルが食堂で買ってきて入れているのだろう。水の壜を出した時、狭いキッチンなので肩が棚の上の物に触れた。容器が一つ床に落ちた。壊れなかったが、蓋が外れて中に入っていたナッツ類が清潔な床の上に飛び散った。
 拙い、と思ったライサンダーは屈み込んでナッツを拾い集め始めた。食べ物を床に落としたままにしていると、山の家では必ず蟻や好ましくない虫がやって来た。ドーム育ちの父親は虫が苦手で、畑はともかく家の中で蟻が黒集りしていると大騒ぎしたものだ。
 ナッツは広範囲に散らばったので、時間がかかり、彼はそれに集中していたので、部屋のドアが開いたことに気が付かなかった。
 不意に照明が遮られ、手元が暗くなったので、彼は上を見上げ、カウンター越しに覗き込んでいるダリルと目が合った。

「夜中に何をしているんだ?」

 ダリルは息子が予定より早く到着していたことは驚かなかった。予定変更と言うものは人生につきものだ。

「見てわからない? ナッツが棚から落ちて散らばったんで、拾い集めているんだ。父さん、虫が嫌いだろ?」

 ライサンダーの言葉にダリルはクスッと笑った。

「ライサンダー、ここはドームの中だ。虫なんていないよ。」

 ライサンダーは言い返せなかった。父親の虫嫌いは、虫がいない世界で育ったせいだったのか・・・。
 ダリルがバスルームの方を見た。

「手を洗って寝なさい。落ちたナッツは明日掃除ロボットが片付けてくれる。」

 ドーマーは家事をしない。ドームの中の仕事がいっぱいあるために、家事でドーマー達の時間を取られることを嫌ったコロニー人達が、無数の家事ロボットを放っている。掃除ロボットは住人が仕事で留守の間に勝手にアパートの部屋を巡回して掃除して廻る。ベッドメイキングやゴミの回収も行う。洗濯は汚れた衣服をバスルームに設置されている洗濯用シュートに入れると自動回収されるのだ。
 ダリルは脱走してライサンダーが生まれる迄の10ヶ月間に自宅を建造して、家事を覚えた。多分、自力で生きる能力は他の元ドーマー達よりも上手いはずだ。しかし、ドームに戻ってから、すっかり昔の生活パターンに戻ってしまった。
 ライサンダーが拾ったナッツをゴミ入れに入れて、バスルームで手を洗い、ついでに入浴も済ませて出てくると、いつの間にかポールも帰って来ていた。彼はダリルと翌朝の打ち合わせの内容を少しばかり話してから、先に寝室に入って寝てしまった。
 ダリルは既に日付が変わっている時計を眺め、息子に朝食の後で中央研究所に行くようにと伝えた。

「副長官が地下へ案内すると言っている。まだ赤ん坊と呼ぶほど成長していないが、娘に会っておやり。」