2017年2月19日日曜日

大嵐 28

 翌日の午後、春の終わりの気怠い陽気を外の世界からそのまま受け継いでドーム全体がぼーっとした雰囲気になった頃に、ポール・レイン・ドーマーが1人で帰って来た。彼は先ず上司ハイネ局長に報告してから、ケンウッド長官にも挨拶に行った。息子の妻の葬儀の出席は私的なものだが、彼は遺伝子管理局の局員としての任務も果たしてきたからだ。
 法律では、胎児が保護されてドーム又は分室に収容される場合、遺産相続に関係してくる場合を考慮して、遺伝子管理局が公的に発表することになっていた。ポールは胎児がライサンダーとポーレットの子供であることを確認し、性別を特定し、ドームが保護していることを葬儀の場で公表した。これで胎児が無事に新生児として世に出た時に、親族の財産を相続する権利を保障されるのだ。
 ポールは自身とライサンダーの関係には言及しなかったが、2人の髪の色が同じで容貌も似ていたので血縁関係があるのではないかと推測された。本来なら血縁がない局員に任せるべき役割だったが、彼はどうしてもポーレットの親族を見ておきたかったのだ。彼等の反応を見てライサンダーと子供が受け容れてもらえるかどうか確認したかった。
 ゴダート夫妻は葬儀が始まる直前に現れた。父親は有名な社会人類学者だった。著書を多く出版しており、テレビでも解説者として出演するなど、幅広く活躍していた。しかし、娘が肌の色が違う男性を配偶者に選んだことが許せず、しかもその男性が貧しかったので、娘を勘当してしまった。ポーレットの夫が、彼女の最初の出産と同じ時に亡くなっても、娘を許せなかった。ポーレットが2度目の結婚で選んだ男も白人だったので、彼は娘を無視したのだが、事件を知って深く後悔していた。娘を殺害したドン・マコーリーは、彼が娘と結婚させたがっていた男だったからだ。
 娘の友人達が、ポーレットがいかに2人の夫を愛していたか、両親に伝えると、母親は悲しみに耐えきれなくなって号泣した。
 遺伝子管理局は子供の養子先を実の親に教えたりしない。子供が成長して養父母、子供、実の親の3者の合意がなければ真実を明かさないのが原則だ。ゴダート夫妻は最初の孫を諦めたが、2人目の孫には会いたいと言った。孫が成長した暁に、自分達が娘の人生を認めなかったばかりに娘を不幸な目に遭わせたことを謝りたい、と言った。
ライサンダーは、彼等に罪はないと慰めた。犯人達は他にも多くのクローンの子供を殺害しており、ポーレットはクローンである彼と結婚した為に、犯人グループに目を付けられたのだと。意外なことに、ゴダート夫妻は肌の色にこだわったにも関わらず、クローンには寛大だった。クローンであることは罪ではないのだから、ライサンダーは気に病んだりしないで欲しい、と言った。そして孫が新生児になったら、会わせて欲しいと頼んだ。ライサンダーから取り上げたりしないから、養育の援助をしたいと申し出た。
 
「ポーレット・ゴダートは死によって親と和解出来た訳だな。」

とケンウッド長官が呟いた。ポールは、親と言う人間は子供を愛する余り冷たくなってしまうこともあるのだな、と思った。ダリルはライサンダーを愛しているが、溺愛はしていない。1歩距離を置いて、息子を1人の人間として認めて育てていた。しかし放任主義ではなく、常に見守っていた。自分は育てる手間が省けて助かった、とポールは内心思った。
 上司達への報告が終わってオフィスに戻ると、ダリルも少し遅れて部屋に入って来た。報告書を作成しかけたポールは、彼が書類挟みを机に置いて、溜息をつくのを耳にした。

「今まで仕事をしていたのか?」

 時刻的には業務を終えてジムに行っているはずだった。ダリルは休憩スペースに行ってお茶を淹れながら、「秘書会議だよ」と答えた。
 遺伝子管理局の秘書の多くは現役を引退した幹部経験のない局員だ。支局長や出張所所長の様に、幹部経験がない若いうちにドームを出た者と違って、秘書は現場経験だけはたっぷりある。ダリルは年齢的に一番若いので、年長者に混ざって会議に出るといつも若輩者扱いされて言いたいことも言わせてもらえない。気疲れするので、秘書会議は苦手だった。

「また爺様達にいびられたか。」
「爺様と呼ぶには若いけれどね。みんな私が脱走した当初に私の捜索に携わった経験があるから、冷たいのだ。」
「それは自業自得だな。諦めて耐えろ。」

 ポールは報告書に取りかかった。いつもの様に、口頭で先に報告しているので、簡潔に数行で済ませてしまう。簡潔過ぎて却って名人芸に思える程だ。
 彼が書き終えたのを見計らって、ダリルは尋ねてみた。

「ライサンダーは上手く葬儀を仕切ったかい?」
「ああ、アメリアに教えられた通り、喪主らしく通夜も葬儀もやり遂げた。通夜の時に職場の仲間と話し合って、今夜からの塒も確保した。もう子供じゃないな。それに立ち直れる。」
「次に戻って来るのは5日後だな?」
「そうだ。もう待ち遠しいのか?」

 ダリルは恥ずかしそうに笑って頷いた。

「可笑しいだろ? 2度と会えないと覚悟してドームに戻ったはずなのに、会えるとわかった途端に無性に息子が恋しくて堪らないんだ。」

 彼はポールがじっと自分を見つめているのに気が付いた。

「まさか、君も・・・?」
「そんな訳ないだろう。」

 ポールはつんとして言った。

「俺は、君がドームの中に居るとわかっていても、君の姿が見えないと落ち着かない。それと同じだな、と思っただけだ。」

 ダリルは微笑んで、彼にお茶のカップを差し出した。ポールってどうして素直じゃないんだろ、と思いながら。