2017年2月16日木曜日

大嵐 23

 ライサンダー・セイヤーズが昼食の為に一般食堂へ出かけると、既にポール・レイン・ドーマーが来ており、1人で配膳コーナーで料理を選んでいるところだった。ライサンダーはダリルを目で探したが、ブロンドの父親は見当たらなかった。彼は暫く躊躇ってから、トレイを手に取って、葉緑体毛髪の黒髪の父親に近づいた。

「カードを有り難う。」

 声を掛けると、ポールは振り返らずに頷いただけだった。ライサンダーは返事を期待していなかったが、この無愛想な父親にどう対応すべきか考えた。ダリルは甘えてやれと言ったが、どう甘えれば良いのだろう。

「あの・・・父さんは?」

 「父さん」がダリルを指すことはポールにも承知のことだ。ポールが肉料理を皿に取りながら答えた。

「マコーリー一味を殴った件が長官にばれて叱られに行っている。」
「俺・・・喋ってないけど・・・」

 付き添いの執政官が告げ口したのかと思ったが、そうではなかった。

「出産管理区は女達を守る為にどこもかしこも監視カメラだらけだ。面談室の会話は全て保安課にモニターされている。保安課がダリルの暴挙の話を聞いて長官に報告したのだろう。」
「父さんは俺の代わりに怒ってくれたんだ。あの時の俺は何も出来なかったから・・・」
「もし俺が居れば、殴らずに射殺していたがな。」

 ポールは「シェイのチョコレートムース」と名札が付いたスウィーツを皿に取った。ライサンダーも続けて同じ物を取った。

「これ、ラムゼイの大好物だったんだ。」

と彼は呟いた。考えればあのメーカーの老人も「親」なのだ。

「甘さは控えめでキリッとした苦みが牧童達にも人気でさ・・・」
「男性好みの味だな。」

 2人は昨日と同じテーブルに着いた。早速目敏いポールのファンクラブが周辺に集まって来たが、ポールはいつも通りに無視だ。

「アメリア・ドッティがポーレットの遺体を引き取る手続きをしている。最終的にはおまえの署名が必要なので、明後日の午後、おまえに会いたいと言ってきた。外に出られるか?」
「うん・・・大丈夫。そろそろ仕事にも戻らなきゃ。」

 ライサンダーは副長官に言われたことを思い出した。

「これからの生活について、お父さんに相談があるんだけど・・・」

 精一杯さりげなく「お父さん」と呼んでみた。果たしてポール・レイン・ドーマーはナイフとフォークを使う手を一瞬止めた。彼は動揺を隠して息子の言葉を繰り返した。

「相談?」
「うん。事情聴取の後で、副長官に呼ばれたんだ。ラナ・ゴーンって言う女の人。」
「コロニー人だ。」
「そうだね・・・彼女が今俺たちの赤ん坊の面倒を見てくれているんだけど、これから産まれる迄、数日おきに俺に子供を見に来る様にと言うんだ。赤ん坊に語りかけることが必要だって。」

 ポールは食事を再開して、ライサンダーの言葉に軽く頷いただけだった。

「子供の成長過程を見るのは勿論大切だとわかってる。だけど、ドームから職場には通えないだろ? 通勤には遠いし、毎日消毒されるなんてうんざりだし・・・」
「おまえの勤務シフトはどうなっているんだ?」
「日勤4日と夜勤1日、2日休日で、今まではポーレットの休日と合わせて土日に休みをもらっていたけど、独りになったから、休日はいつでも良いや。」
「それなら、週に5日外で暮らして、休日にドームに居ると良い。ドームは曜日は関係なく機能しているから、何時おまえが戻って来てもかまわない。それよりも、外で暮らす場所はあるのか? あの家に戻るつもりか?」
「家には戻らない。職場の友達の所に数日厄介になるよ。出来るだけ早くアパートを見つけるから。」

 ライサンダーはポールの目を見た。

「ここのアパートに戻ってきても良いの? 週に2日は居ることになるけど・・・」
「副長官がそうしろと言ったのだから、そうすれば良い。ダリルと俺は仕事で昼間はアパートにいないが、おまえがかまって欲しいと言うのなら、休みを合わせてやる。」
「いや・・・もう子供じゃないし・・・」

 そこへダリルがトレイを持って現れた。

「何か深刻な話し合いかい?」

 ポールが視線を上げた。

「そっちこそどうだった? 搾られたにしては、晴れやかだな。」
「ご老人達は、私の無軌道振りに最早怒る気力もないようだよ。」

 ダリルは腰を下ろした。

「無期限の謹慎を食らった。今回の事件の裁判が終わる迄ドームから出ることはならん、とさ。」
「父さん・・・今でも閉じ込められているのに?」
「今度は外の人間に目撃されると拙いのだ。裁判に影響が出るので、暴力沙汰を起こした人間は雲隠れしていろとの連邦捜査局からのお達しでね。」

 ポールが薄笑いを浮かべた。

「長官は君に甘いなぁ・・・まさか色目を使ったんじゃないだろうな?」
「おい、息子の前で何てことを言うんだ! 私は女性にしか興味ないよ。」

 そして彼は恋人と息子の皿にあって彼自身の皿にはない物を発見した。

「『シェイのチョコレートムース』をゲット出来たのか、君達! 私が行ったら既になかったんだ。」
「それは気の毒に・・・」

 ポールはチョコレートムースの器をダリルから遠い方へ移動させた。ライサンダーも右に習えをしたので、ダリルは吹き出した。

「君達、親子そろって分け合いの精神を持っていないのか?」
「物が物だからな。なにしろ『シェイのチョコレートムース』だ。」
「俺達、運が良かったね、お父さん。もう少しでなくなるところだったもの。」

 ダリルはライサンダーを見た。息子は今、自然にポールを「お父さん」と呼んだのだ。髪の色も目も仕草もそっくりの親子が目の前に居た。