2017年2月27日月曜日

オリジン 7

 ダリルとポールが昼食を終える頃になって、ライサンダーがやっと戻って来た。遅かったなと言う親達に、彼は初日なので施設の説明を受け、そっちの方が子供の面会より時間がかかったと言い訳した。

「俺たちは地下のことなんか、何にも知らないのにな。」

とポールが不満気に呟いた。「仕方がないよ」とダリル。彼は「お勤め」で採取された子種から生まれた胎児達を見たくなかった。自分の子でありながら自分の子にはならない子供達。 それを考えたら、彼はどうしても砂漠のラムゼイの研究室で「廃棄処分」した2人の胎児を思い出して良心の呵責を覚えるのだ。彼が選んだライサンダーは立派に成長して、自然な交わりで女の子を得た。そして、妻を失って、子供は人工子宮の中にいる。
 ポールが立ち上がり、ダリルを促した。

「俺達はオフィスに戻る。おまえは自由にしろ。但し、ドーマーやコロニー人と揉め事は起こしてくれるな。ダリルが騒ぐから。」
「私が何時騒いだ?」
「そのうちにな。」

 夕食時間の予定を告げて、二親は食堂を出て行った。
 ライサンダーが食事を始めた時、1人の男が目に入った。彼はライサンダーと目が合うと、昼食を載せたトレイを持ってやって来た。

「よう、ライサンダー! 元気か?」
「ジェリー・・・あんたも元気そうで良かった。」

 ライサンダーはジェリー・パーカーが1人でドームの中を歩き回っていることに驚いた。遺伝子学者として中央研究所の業務を手伝っていると聞いていたが、自由に行動しているとは意外に思えた。ラムゼイの一番弟子だから知識豊富なのはわかる。しかし違法なメーカーなのだ。
 ジェリーは断りもなくライサンダーの向かいの席に座った。

「おまえがここに居る理由は聞いた。奥さんは残念だったな。お悔やみ申し上げる。」

 ライサンダーが礼を言うと、彼はニヤリと笑った。

「あの生意気なガキが、短い間に女房もらって子供作って、一人前に社交辞令も言えるようになったなんてなぁ。」
「あんただって・・・」

 ライサンダーはちょっとむきになって言い返した。

「ド田舎で爺さんの身の回りの世話をしていたオッサンが、遺伝子学者としてドームで働いているなんて、意外だよ。」

「けっ」とジェリーが呟いた。

「研究の手伝いをするか、火星の人類博物館に送られるか、選択肢は2つしかなかったんだ。」
「博物館?」
「俺のオリジナルはそこに展示されているんだ。氷浸けの古代人の赤ん坊さ。」

「古代人?」とライサンダーは馬鹿みたいに繰り返し、それから重大な意味に気が付いて「ええっ!」と声を上げた。周囲で食事をしていた人々が振り返ったので、彼は声を顰めた。

「マジで言ってるのか?」
「ドームの中でこんなこと冗談で言えるか。」
「だけど・・・古代人って・・・正常な地球人って意味だろ?」
「子作りに関しては正常なんだろうな。」
「あんた・・・凄い人なんだ・・・」
「生殖細胞が、な。」

 そこで会話が途切れ、2人は暫く食べることに専念した。食べながらライサンダーは他人の視線を感じ続け、意を決してそちらを向くと、1人の保安課員の制服を着た男と目が合った。精悍で綺麗な顔立ちの、長身のアメリカ先住民の男だった。 勿論、ドーマーに違いない。彼はライサンダーと目が合うと逸らさずに見返したが、挑戦的ではなかった。寧ろ穏やかな目で、ライサンダーは想わず黙礼した。保安課員はかすかに首を動かして返礼してくれた。
 ライサンダーはジェリーに尋ねた。

「見張られてるの?」
「犬の散歩。」

 ジェリーが苦笑した。

「ドーム内を自由に歩き回っても良い、但し監視付きで、と言うヤツだ。ドーマー達みたいな放牧状態ではない。」
「放牧って・・・」
「放牧だろ? 連中は人類の未来を託された種馬だ。コロニー人に囲われて大事にされて働いているお馬さんだよ。」

 ジェリーは物事を斜めに見ている様だ。
 ライサンダーはふと気になっていたことを思い出した。

「ジェリー、こんなことをここで訊くべきじゃないと思うけど、ずっと気になっててさ・・・」
「何だ?」
「セント・アイブスへ行く途中で逮捕された時、どうして自殺を図ったのさ? 本気だったのか?」
「訊きにくいことを堂々と聞くんだな。」

 ジェリーはシチューの最後の一匙を口に入れて呑み込んでから答えた。

「捕まったら二度と博士にもシェイにも会えないと思ったら、もうどうでも良くなってしまったのさ。」

 ライサンダーは彼を見つめた。ジェリー・パーカーにとって、ラムゼイ博士とシェイだけが信頼出来て、愛情を注げる人々だったのだ。家族だったのだ。

「今ではもう平気?」
「ああ・・・じたばたしてもしょうが無いだろ。それに仕事は面白いしな。」

 ジェリーは監視役の保安課員をちらりと見た。

「あの男が俺を監視しているのは、逃亡を防ぐ為でも破壊行為を制止するためでもない。俺がまた死のうとしたら押さえつけてでも止めるのが役目なんだ。」
「それじゃ、もう死ぬ意思はないってお偉いさんに言ってやれば?」

 すると意外にもジェリーは首を横に振った。

「やだね。監視を外されたら、寂しくなるだろ? 余計なことはするなよ。」

 ジェリーには友達がいないのだ、とライサンダーは思い当たった。執政官もドーマーも、元メーカーのジェリーを信用していない。殆ど無視されているはずだ。