2017年2月1日水曜日

訪問者 24

 ライサンダー・セイヤーズは一瞬心臓が停まるかと思った。

「Pちゃん? まさか・・・だって、その頭・・・」

 小さいパニック状態になった息子を見て、ポールはヒギンズに命じた。

「車で待機してくれ。申請者本人だ。間違いない。少しだけ面談する。」

 ヒギンズはライサンダーの様子から、この若者はレインを知っているな、と察した。先刻若者自身がクローンだと言ったので、きっと過去に何らかの接触があったのだろう。レインはそれでこの若者と少し話し合うことがあるに違いない。
 ヒギンズは了解と告げ、車に戻って行った。ポールはライサンダーに「入るぞ」と言い、返事を待たずに家の中に入った。
 屋内はひんやりとしていた。ライサンダーが慌ててブラインドを調節して室内が明るくなった。アンティーク調の家具が置かれている狭いリビングで、ポールはソファの真ん中に座った。

「良い家だな。」
「職場の人の紹介で買った中古物件なんだ。父さんが・・・ダリル父さんが・・・」
「『父さん』でかまわない。おまえがそう呼べる人間は彼だけだ。」
「・・・ごめん・・・まだ貴方をどう呼んで良いのか、わからないんだ。」
「俺のことはどうでも良い。話を続けろ。」
「・・・父さんが俺の為に銀行に積み立てしてくれてて、それを頭金にしてこの家を買ったんだ。足りない分はローンで、これから返して行くんだけど・・・」
 
 ダリルは時々山を下りて力仕事などで生活費を稼いでいた。切り詰めて息子の為に貯金までしていたのだ。しかし、そんなお金の苦労はドーマーには理解出来ない。
 ローンなんてものもドーマーには縁がないので、ポールは無視することにした。今後何らかの形で関わってきたら、ダリルに聞けば良い・・・。
 彼はライサンダーに座れと命令した。ライサンダーは恐る恐る向かいの椅子に座った。
ポール・レイン・ドーマーと差しで話すのは初めてだ。兎に角、申請書の結果だけでも聞いておかなければ、落ち着かない。

「俺、審査に落ちた?」
「残念ながら・・・」

 ポールは成人登録書即ちIDカードと妻帯許可書、婚姻許可書、そして胎児認知届け受理証明書を出してテーブルの上に置いた。
 ライサンダーが震える手でそれらを手元に引き寄せた。ポールが続けた。

「各証明書に俺かダリルが署名出来れば良かったのだが、何しろ俺たちは『親』なのでな、第3者に頼まなければならなかった。だから、遺伝子管理局局長ローガン・ハイネ御自ら署名して下さった。」

 書類に目を通していたライサンダーが顔を上げた。

「局長って・・・俺をドームに連れて来いって、クロエルさんに命令した人だろ?」
「正確に言えば、おまえをドームに来るよう説得しろと命令したのだ。無理強いしろと言ったんじゃない。それに、おまえはもう成人したから、あの命令は無効だ。」
「クロエルさんは、あの命令を無視して何か罰を受けたの?」
「局長はそんなことはなさらない。クロエルはダリルに引っ張り回され、帰投が1日遅れた罰で、休暇が3日から2日に減らされただけだ。」

 ライサンダーは肩の力が抜けた。彼は笑いだし、そしてちょっぴり泣いた。

「俺・・・父さんが出て来られないのはわかってた。でも期待してた。貴方を救出した時みたいに、何か特別な許可が出ないかって・・・俺の逮捕でも良いから出て来てくれないかなって・・・。」
「おまえは悪党じゃないから逮捕する必要はない。」

 ライサンダーは改めてポールを見た。

「髪の毛、伸ばしたんだね。」
「これはメッセージだ。」
「何の?」
「おまえが俺の息子だと言うことだ。」

 ポールの髪は既に櫛で整えられる程伸びており、彼はオールバックにしていた。
ライサンダーは戸惑った。

「俺を認知したってこと?」
「俺は最初からおまえを拒否していない。ダリルが俺の立場を考えて敢えて口外していないだけだ。上司は皆おまえの存在と俺との関係を知っている。」
「それなら・・・」
「おまえが将来ドームの人間と接触する場合に、俺の息子であると知られている方が得なこともあるだろう。例えば、おまえの妻が出産する場合だ。彼女はドームに収容されて子供を産む。ダリルと俺がよく知っている医療スタッフが面倒を見てくれるはずだ。」
「取り替え子にされたりしない?」
「しない。」

 ポールは彼の権限ではなかったが、断言してみせた。ポーレット・ゴダートは取り替え子ではないが、第1子を養子に出されている。ドームの法律では同じ母親から2度も子供を取り上げることは禁止されているのだ。例え父親が男性同士の間に産まれた類い希なクローンであったとしても。
 ライサンダーはポールがドームでどの程度の地位にいるのか見当がつかなかったが、ポールの口から断言されると、きっと大丈夫だと思えた。
 安堵すると、別のことにやっと考えが及んだ。

「JJとジェリーはどうしてる?」
「ジェリーは遺伝子組み換えの学者として研究所で働いている。彼は人類の未来を救う重要な役割を負っているから、ドームでは優遇されている。」
「えっ!そうなんだ?!」

 メーカーなのに、とライサンダーが驚くと、ポールはもう一つ朗報を教えてやった。

「台所で働いていたシェイも保護した。彼女は現在ドーム専用空港の食堂で働いている。彼女の料理は大評判で、ドームの中の人間も出前を頼むほどだ。」
「シェイも・・・あっ!」

 ライサンダーはもらったばかりのIDをもう1度見た。母親の欄に、シェイの名が記載されているではないか。父親はダリル・セイヤーズとのみ記載されている。
 ポールが言った。

「そのカードだとクローンだとはわからないだろう。」
「有り難う・・・でも、貴方の名前はないんだね・・・」
「だから、髪を伸ばしているじゃないか。」