2017年2月8日水曜日

大嵐 14

 食堂は2箇所あったが、ポール・レイン・ドーマーは迷わず一般食堂へ向かった。医療区は中央研究所と出産区と共に共有する食堂があるのだが、そこは幸福そうな妊産婦達を見ながら食事をする場所だ。今のライサンダーには酷だとポールは判断し、ダリル・セイヤーズ・ドーマーにも異存はなかった。
 外に出ると予想外に明るかったので、ライサンダーは驚いて空を見上げた。青空を白い雲が流れていくのが見えた。

「天井はあるの?」

 思わず尋ねると、ダリルが横に並んで同じ様に見上げた。

「あるんだ。でもわからないだろう? ドーマーは本当の空だと思っている。」
「ばったもんの空?」

 ダリルは笑った。

「違うよ。天井が透明なだけさ。」
「紫外線や有害な放射線は遮断されているんだ。」

とポールが口をはさんだ。

「だから、日焼けは外より軽く済む。」

 彼等は食堂に向かって歩いて行った。途中で出遭った人々が挨拶をした。ライサンダーはそのうち奇妙なことに気が付いた。挨拶をする人々は、大きく分けて3種類いたのだ。
先ず、ポールだけに挨拶する人。そしてダリルだけに挨拶する人、ポールとダリルの両方に声を掛ける人。ダリルは彼に声を掛けた人にも掛けなかった人にも挨拶をしたが、ポールは殆ど全員を無視した。無視された人々はそれで気を悪くした風でもなく、何事もなかったかの様に去っていった。
 ライサンダーは幼子がするみたいにダリルのそばに身を寄せて小声で尋ねた。

「Pちゃんは他人に挨拶しないの?」
「しないんだ。彼はスターだから。」

 とダリルが何の問題もないと言いたげに答えた。

「全員に挨拶を返したら疲れるし、もし1人でも挨拶を忘れたら、忘れられた人は哀しむだろう? だから、彼は本当に親しい相手にしか挨拶しないんだ。」

 それにまたストーカーを発生させたくないのだろうしね、とダリルは心の中で呟いた。
 ドーマー達はライサンダーの存在に気づかないふりをしていた。ダリルが外でメーカーにクローンを創らせたことは、彼が逮捕された後で誰かが、恐らく執政官だろうが、噂で流しており、既にドームの中に知れ渡っていた。信じようが信じまいが、「伝説のポールの恋人」は子供を創った、とみんな知っていた。ただ、どんな方法で創ったのか、誰も知らなかった。だから、ダリルとポールを足して2で割った様な綺麗な若者が突然ドームの中に現れ、ダリルとポールが彼を守るかの様に間に置いて歩いているのを目撃した人々は、皆一様にショックを受けた。
 食堂は薄い緑色のガラス壁の建物で、中に入ると厨房と配膳コーナー、テーブル席と、ライサンダーが知っているドッティ海運の社員食堂に造りは似ていた。ただもっと広く、もっと清潔で整然としていた。ライサンダーは食欲がなかったはずだったが、美味しそうな食べ物の匂いを嗅いで、昨日から殆ど何も食べていないことを思い出した。朝食もお粥を少々口に入れただけなのだ。

「好きな物を取って、テーブルに行きなさい。支払いは私がしておくから。」

 ダリルに言われて、彼はトレイを手に取った。その日のメインは2種類でチキンのクリーム煮と唐揚げだった。両方食べても良いのだが、ライサンダーは敢えて唐揚げを選んだ。脂っこい物が欲しくなったのだ。副菜コーナーは飛ばしてデザートのコーナーに行くと、驚いたことに「シェイのチェリーパイ」と名札が付けられたお菓子があった。びっくりして見ていると、横にポールが来た。

「シェイは外にある空港の食堂で働いていると前に言っただろう? 外と言ってもドームの空港だからな、キッチンは滅菌室だ。そこで彼女が作る菓子や料理が毎日1種類ここに来る。航空班に評判が良いので、厨房が彼女に頼んで作ってもらっているんだ。」

 チェリーパイは好評らしく既に2切れしか残っていなかった。ライサンダーは1切れ取った。そしてポールの顔を見ると、笑った様な気がしたので、彼は最後の1切れも皿に取った。
 テーブルに着いて親達がそろうのを待っていると、コックの服装のドーマーがやって来た。「やあ」と彼はライサンダーに声を掛けた。ライサンダーはどう返事したものか見当がつかなかったので、同様に「やあ」と返した。

「ピート・オブライアン・ドーマーだ。」

とコックが手を差し出した。ライサンダーは握手に応じた。

「ライサンダー・セイヤーズ・・・宜しく。」

 コックの手は力強く温かかった。

「ここに何の用で来たんだ?」

と彼が尋ねた。

「ドームは外の人間を滅多に招待しないのだが?」
「招待された訳じゃない。」

 ライサンダーはまだ事件に触れたくなかった。彼が返事に窮していると、ポールがやって来た。

「ピート、俺の息子に何の用だ?」

 ポール・レイン・ドーマーがはっきりと自身とライサンダーの関係を口に出した。ピート・オブライアン・ドーマーはショックを受けた表情を作り、ポールに尋ねた。

「兄さんの息子? ダリルの息子じゃないのか?」
「ダリルの息子であり、俺の息子でもある。」
「それって・・・」
「執政官達は知っている。ハイネ局長も知っている。」

 ポールは真っ直ぐに相手の目を見て言った。

「成人登録は済ませた。一人前の地球人だ。誰にも文句は言わせない。」
「だけど・・・」
「ちょっとした事情があって、昨夜からここで保護している。安全が確保出来れば、外へ戻す。」

 オブライアンは何か言いたそうな表情をしたが、ダリルがやって来るのを見て、口をつぐんだ。
「やあ、ピート」とダリルが声を掛けた。オブライアンは少し哀しそうな顔をした。

「ダリル兄さん、酷く無茶をやったんだな。」

 ダリルが苦笑した。

「ここに連れ戻されると思っていなかったからね。この子と2人で生きていくつもりだったんだ。」
「そんなことは許さない。」

とポール。 ダリルとオブライアンが視線を交わし、肩をすくめて笑った。

「すぐに情報は拡散するよ。」

とオブライアンが言った。彼はライサンダーに向かって話しかけた。

「兄さん達の子供は、僕等同じトニー小父さんの子供達の甥っ子だからね、僕等は君を守る。困ったことがあれば遠慮無く声を掛けてくれ。」

 オブライアンが厨房に戻っていくと、ダリルが椅子に座った。ライサンダーは困惑して父に言った。

「俺は父さん達の立場を悪くさせちゃったのかな。」
「かまうものか。」

とポールが食事を始めながら言った。

「言いたいヤツには言わせておけ。俺は悪口を言われることに慣れている。」
「でも遺伝子管理局の偉いさんがクローンの子を持つって、拙いだろ?」
「ライサンダー」

 ポールがライサンダーをグッと睨んだ。

「成人になったら、もうクローンとは呼ばないんだ。だから、そんな話は一切口にするな。」

 すると脳天気なもう1人の父親が、息子の皿を見て顔をしかめた。

「ライサンダー、唐揚げとチェリーパイしか取っていないのか? 栄養が偏るじゃないか。野菜も食べなさい!」