2019年6月5日水曜日

オリジン 2 1 - 1

 ケンウッドは重力休暇を兼ねて月での地球人類復活委員会総会に出席した。総会は委員会に在籍している者であれば誰でも出席出来るのだが、多くは面倒なので来ない。ほぼ役員と熱心な研究者、政治に興味のある者だけだ。ヤマザキ・ケンタロウなどは一度も出席したことがない。ケンウッドは知りたいことがあったので、今回は出席したのだ。
 ロバータ・ベルトリッチ委員長が開会宣言をして、短い挨拶の後、マザー・コンピュータのデータ書き換えが遅れていることの説明があると言った。それこそケンウッドが知りたかったことだったので、彼は安堵した。
 情報処理責任者が壇上に上がり、中央の空中に立体スクリーンを立ち上げた。数値とグラフが現れた。

「これは各ドームのデータ書き換え進行状況です。ご覧の通り、8割のドームでは書き換えが終了し、こちらのゴーサインを待つばかりになっています。」

 別の色のグラフがそれに置き換えられた。

「これは、新しい人工羊水使用が開始されることに対して、不安を感じる研究者の数です。」

 ケンウッドは驚いた。人工羊水使用に不安を感じるとは、どう言うことだ? 質問しようと思ったが、解説者がすぐに説明してくれた。

「研究者の多くは、地球に女性が誕生することで、失業の可能性を懸念しているらしいです。」

 あー、そう言うことか、とケンウッドは合点した。アメリカ・ドームでも同様の意見が出たのだ。しかしケンウッドは彼等に言い聞かせた。地球人の女性が実際に誕生すると証明されるのはまだ20年近い未来の話だ。それまではこれまで通りドーム事業が続けられなければならないし、ドーマーの社会復帰計画の中には健康管理の問題が重要な位置を占めてくる。ドームの研究者達は女性誕生に向けていた遺伝子研究を、今度は外気に曝されるドーマー達の健康維持に役立てて欲しい、と。

ーー延いては、大異変後に短くなった地球人の寿命を異変前に戻す研究になると思いますが、いかがなものでしょう?

 ケンウッドの言葉に、科学者達は失業の不安を和らげたのだ。
 情報処理責任者は、地球上の一部のドームで失業の心配をする研究者達がデータ書き換えを妨害している節があると喋っていた。会場内にざわめきが起こった。地球人類復活委員会は地球人の未来の為に働く組織であって、科学者達の金儲けの場所ではないのだ。お金に興味がある会員は総会に顔を出していないだろう。
 ベルトリッチ委員長がマイクをコンコンと叩いて、会場内の私語に勤しむ連中を黙らせた。

「ドーム内の科学者達を一つの目標に向かって歩かせる指導力を持つ長官達は、どんな方法で書き換えの準備を終わらせたのか、聞いて見ませんか?」

 彼女はケンウッドに顔を向けた。

「南北アメリカ大陸ドーム長官、ニコラス・ケンウッド博士、貴方はどのように研究者達を説得されました?」