2019年6月16日日曜日

オリジン 2 2 - 5

 ニコラス・ケンウッド長官が留守のアメリカ・ドームは退屈だ、とハイネは思った。長官と出会うのはお昼と夕方ぐらいなものだが、職務関係の連絡は頻繁に取り合っているので、地球上に彼がいないと端末も静かだ。宇宙と地球の間の連絡はコロニー人にしか許されていないので、地球人の彼はケンウッドともパーシバルとも連絡が取れない。月の地球人類復活委員会がどんな話し合いをしているのかも見当がつかなかった。ただ、ケンウッドが出かける前に、新規プロジェクトの開始が遅れている理由を聞いてくると言っていたので、事態の進展を期待していた。
 部下達はいつも通り働いている。外勤の局員達は南北アメリカ大陸各地に出かけているし、内勤職員達は複雑な書類上の手続きが正しく行われているかチェックしている。内務捜査班はどこで何をしているか不明だが、上がってくる報告は現在のところ「異常なし」ばかりだ。
 夕食は久しぶりに「黄昏の家」から現れたグレゴリー・ペルラ・ドーマーとエイブラハム・ワッツ・ドーマー、それにジェレミー・セルシウス・ドーマー夫妻と共に賑やかに食べた。膝の痛みがなくなったワッツは以前より元気になって、小さなドームで大工仕事に励んでいる。ペルラはそんな友人が無理をしないかと常にドキドキしながら手伝っているのだ。セルシウス夫妻は養育棟で働いているのだが、担当している子供達が腕白で振り回されている。1人だけいる女の子が、男顔負けの元気さで手こずっているのだと言う。

「ロッシーニ・ドーマーが彼女をそろそろ男の子達と引き離して教育しようとしたんですけどね・・・」

とセルシウスが同僚の失敗談を語った。

「女性の体の仕組みとか教えて、健康に支障がない生活をさせようと企てたんですが・・・」

 つまり、過去の女性ドーマー達同様に、出産管理区やクローン製造部、教育棟での仕事に関する勉強をさせようとしたのだ。セルシウスの妻が可笑しそうに笑った。

「彼女は保安課希望なんですよ。保安課の女性ドーマーは出産管理区で働くから、出産関係の勉強も必要だとジャン=カルロスは説得しようとしました。でも彼女は勉強より体を動かしたくて、机の前でじっとしていないのです。ジャンは毎日子供と追いかけっこですよ。」
「一人だけ引き離して勉強させようとするからだよ。」

とペルラ・ドーマー。あのお堅い元内務捜査班チーフが女の子を追いかけて走り回る姿を想像して笑った。

「男女の体の仕組みの違いを学ぶのは男の子にとっても重要なんだから、全員で学ばせれば良いのさ。」

 セルシウスが言った。女の子のドーマーは希少なのでその教育方法で毎回男達は右往左往させられる。個性が同じ教育方針を押し付けることの難しさに拍車をかけるのだ。

「執政官は何も意見を言わないのか?」

とハイネが尋ねると、セルシウス夫妻は苦笑した。

「ゴーン副長官は私達の自由裁量に任せっぱなしですよ。クローン製造部のお仕事とドーマー全般の健康管理にお忙しくて・・・」
「それにデートもなさらないといけないし・・・」

 一同は爆笑した。