2019年6月12日水曜日

オリジン 2 2 - 2

 打ち合わせ会が早く終了したので、ハイネにもゴメスにも珍しく、混み合う時刻に食堂に入った。一般食堂だ。ゴメスは個人的にこちらの方が好きなのだが、仕事柄短時間で食事を摂るので殆ど中央研究所の食堂を利用する。だからドーマー達は滅多に顔を見せない保安課長の姿に驚いて注目した。混み合う時間に現れた遺伝子管理局長より保安課長の方が目立ったのだ。

「視線を感じるのですが・・・」

と食べながら少佐が囁くと、ハイネが笑った。

「有名税です、我慢なさい、少佐。」

 食事中の話題は主に最近のテレビのスポーツ番組の内容だった。他愛ない世間話だ。お互いに相手がそんな俗な番組を見ていることに内心驚きながら会話を楽しんだ。デザートの頃になって、ふとゴメスはこの数ヶ月気になっていた案件を思い出した。

「局長、後で少し内緒話が出来る場所に移りませんか?」

 ハイネはさっと周囲を見回した。賑やかな話声に彼等は包まれていた。

「ここで普通の音声で話した方が内緒話が出来ると思いますが?」
「そうですか?」
「保安課長と遺伝子管理局長が図書館の個別ブースに篭る方が、内緒話をしていると噂が拡散しますぞ。」
「そんなもんですか?」
「そんなもんです。」

 ゴメスは苦笑した。そして、アイスクリームをスプーンで掬いながら言った。

「うちの課員が監視・護衛している男のことなのですが・・・」

 ドーム内で保安課が監視・護衛している男性は一人しかいない、とハイネは思った。

「パーカーが何か?」

 果たして、ゴメスは否定しなかった。アイスクリームを頬張って口の中で溶けるのを待ってから続けた。

「クローン製造部の女性達に人気があるようですな。外から来た人間なので、コロニー人にもドーマーにも新鮮に映るのでしょう。」
「私は個人的に彼と接触したことがありません。職務で一度会ったきりです。印象として、確かに男性であることをアピールする容姿でしたな。体格が良いし、ルックスも良い。性格に関しては、彼と付き合いがないので何とも言えません。」
「監視員の報告では、仲間に親切で面倒見の良い男だそうです。ただ自身の立場をまだ囚人と捉えている様子だと、サルバトーレが・・・監視員ですが、言っています。執政官には少し反抗的な口を利くとか・・・」
「何か問題でも起こしたのですか?」

 ゴメス少佐はさりげない風に周囲に目を配ってから、テーブルの上に視線を向けた。

「女性執政官の中に彼に強い関心を抱いている人がいるそうです。否、積極的に彼の気を引くとか、そんな行動は取っていないのですが、何かと世話を焼きたがると言うか・・・」
「ああ・・・」

 ローガン・ハイネにもその手の女性の行動に心当たりがあった。まだ互いの恋に気が付いていなかった頃のアイダ・サヤカも彼に対してそんな風に接していたのだ。

「男の方は気が付いていないのですね?」
「男は鈍感ですからな。」

 ゴメスが苦笑した。

「サルバトーレは、2人の仲が発展すると思っていないが、彼女が気の毒だと言っています。地球人保護法がなければ、友達付き合いでも良いから彼にもう少し近づけるだろうに、と。」

 ゴメスは、ハイネとアイダが交際していると言う噂を知っていた。また、ゴーン副長官とダリル・セイヤーズも仲良くデートしていると言う報告を受けていた。地球人保護法は保安課の管轄ではない。だから彼はドーマーと執政官が男女の関係になったとしても告発するつもりはなかったし、妨害するつもりも毛頭なかった。彼が遺伝子管理局長に言いたかったのは、もしジェリー・パーカーと件の女性執政官が恋仲になった場合、幹部に目を瞑って欲しいと言うことだった。
 ハイネは別の解釈をした。

「女性が努力して感情を抑えているのだとしたら、その努力に報いてやりたいものです。」

と彼は呟いた。

「パーカーの石頭をなんとか和らげてやらねばなりませんな。」