2019年7月3日水曜日

奮闘 2 1 - 1

 翌日、ケンウッドはダリル・セイヤーズ・ドーマー、アキ・サルバトーレ・ドーマー、そしてジェリー・パーカーが囮捜査の為にドームの外に出たことを知らされた。報告は遺伝子管理局本部から局長名義の文書で届いた。局長自身は日課で忙しいので、詳細報告を希望されるなら打ち合わせ会で、と但し書きが付いていた。
 ケンウッドは3人の若い男達・・・一番若いサルバトーレでも30歳は過ぎていたが・・・の無事を祈りつつ、日常業務に取り組んだ。打ち合わせ会の時刻迄後15分と言う頃に、月の地球人類復活委員会本部から連絡が入った。

「マザーコンピューターのデータ書き換えを2時間後に開始します。各ドームは規定通りの態勢で開始合図を待って下さい。」

 突然の一方的通告だ。ケンウッドはびっくりしたが、準備は整っていたので、慌てることはなかった。直ちにラナ・ゴーン副長官、ローガン・ハイネ遺伝子管理局長、ロアルド・ゴメス保安課長に招集命令を出した。もっとも、彼は一言但し書きを忘れなかった。

ーー長官執務室に来る前に昼食を摂っておくこと

 地球規模の作業なので、どのドームが何をしている時間なのか、月は御構い無しだ。就寝中のドームもある筈で、ケンウッドは昼間に連絡を受けた自分達をラッキーだと思うことにした。
 秘書2名にことの次第を説明して、書き換え作業の間は長官業務が出来ないので秘書達にカバーしてもらうことにした。出張と同じことだから、秘書達は慣れていたし、事前に打ち合わせもしていたので、長官執務室での業務引き継ぎは順調に行った。
 テキパキと準備してから、ケンウッドは大急ぎで自身も昼食を摂りに食堂へ行った。食堂には既にゴーン副長官とゴメス保安課長がいた。ゴーンは研究助手のジェリー・パーカーが外に出かけてしまっているので、クローン製造部の人手が欠けることを少し気にかけていた。部下の執政官達は優秀だが若いので、彼女の目から見れば経験豊富と言えないのだ。外から来た地球人のパーカーが一番頼りになる筈だったが、留守になってしまっている。彼女はJJ・ベーリングとメイ・カーティス博士に業務上の注意点をくどい程説明していた。
 ゴメス課長は反対に部下に任せておけば安心と言う顔だ。彼より部下の方がドームでの生活歴が長いので、ドームの安全に関する仕事に関して、彼は部下のドーマー達を信頼していた。
 ハイネ遺伝子管理局長は一般食堂で昼食を摂ったので、彼が顔を見せたのは長官執務室だった。彼は3人のコロニー人に挨拶をして、自席に座った。ケンウッドは彼等を見廻し、全員揃ったことを確認すると、簡単な説明を行った。

「これから予てから準備していたマザーコンピュータのデータ書き換えを行う。実際に新規データを入力するのは月の地球人類復活委員会本部だが、地球上の端末において、各章毎に全てのドームの最高責任者4名が書き換え承認を行う必要がある。決められた順番に、毎回各自名前を名乗り、虹彩認証と指紋認証を行わねばならない。章の数から考えれば5時間程度で終了する筈だが、知っての通り、地球上の全ドームでの認証が終わらなければ次の章へ進めないので、予想以上の時間を食う恐れがある。迂闊に席を外すことが出来ないので、終了する迄端末室から出ることは難しいと覚悟して欲しい。軽食と飲み物は準備している。トイレは宇宙船の救命艇のポータブルを用意してある。不便だろうが我慢し欲しい。また、端末室外部との連絡は一切遮断される。もし部下への業務引き継ぎで忘れていたことがあれば、今連絡を取って済ませて欲しい。」

 ケンウッドは言葉を途切り、一同を見た。3人共に動かなかった。きちんと準備を済ませて来たようだ。ケンウッドは頷くと、端末室のボタンを押した。
 長官執務机の背後の壁が開き、照明が点いた。狭い部屋の中央にマザーコンピューターの南北アメリカ大陸端末が立っていた。ケンウッドが立ち上がると、ゴーン、ハイネ、ゴメスも立ち上がり、4人は端末室に入った。扉が閉じられ、地球人の女子誕生への第一歩が開始された。