2019年7月14日日曜日

奮闘 2 2 - 3

 ドーマー達にはまだマザーコンピュータのデータが200年前に間違って登録されてしまった事実や、そのデータを正しく書き換えたことを黙っておかねばならなかった。実際に女性が地球上の女性から誕生することを確認してからでなければならない。しかし、ドームの改編は始まっていた。
 ケンウッドは執政官達と今後の研究内容の変更を何度も話し合い、ドーム維持班総代表ジェアン・ターナー・ドーマーと新規採用ドーマーの中止計画を相談した。女性誕生の目処がたったことにターナーは興奮したが、秘密を守ることは固く約束した。

「200年前の間違いを知ったら、暴動が起きかねませんからね。」

と彼は物騒なことを言ったが、可能性を否定することはケンウッドも出来なかった。アメリカ・ドームで抑えることが出来ても、他のドームに伝わればどうなるかわからない。特にドーマーと執政官の軋轢が大きいオセアニア・ドームでは厳戒態勢で書き換えを行ったのだ。
 遺伝子管理局はそんなドームの変化に我関せずの顔で、現実問題に取り組んでいた。クローンの子供を奴隷として製造・販売する組織の存在をキャッチして、その全容の解明に乗り出したのだ。ポール・レイン・ドーマーとクロエル・ドーマーの担当区域にその組織が根を張っており、北米南部班と中米班は忙しい。抗原注射を必要としなくなったレインは西海岸に出張したきりで、戻って来ないので、チーフ執務室では秘書のダリル・セイヤーズが一人で働いている。外では逮捕されたFOKのメンバーの裁判が始まりつつあり、セイヤーズの息子ライサンダーが証言台に立つこともあるのだが、それが何時なのかセイヤーズには知らされない。また、セイヤーズに化けて囮捜査を行った連邦捜査官のロイ・ヒギンズも裁判に出廷する為に準備で多忙らしく、ドームから完全に遠ざかってしまった。彼と仲良くなっていたドーマー達はちょっぴり寂しそうだ。相手の仕事柄、外に出たからと言って会える訳でないからだ。
 ハイネは外の地球人世界の問題をコロニー人に教えてくれない。直接ドーマーが関わった場合のみ報告するので、ケンウッドは何か寂しい感じがした。しかし、コロニー人が干渉することは許されない。
 
「地球人保護法もそろそろ撤廃の方向に持って行かないとね。」

とある日の夕食時にヤマザキ・ケンタロウが言った。

「医療現場としても、素手で触りたい診察に、いちいち気を遣うのは疲れるんだよ。」
「地球人同士でも手袋を着用しているではありませんか。」

とハイネ。

「衛生観念がドクターは希薄ですよ。」
「そんなことはないぞ。手袋着用ではわかりにくい症状もあるんだ。」

 ヤマザキは遠慮なくハイネの手の甲を指先で撫でた。

「ほら、ちょこっと荒れているぞ。チーズの食い過ぎだ。」
「そんなアホな・・・」

 ケンウッドは2人の漫才を見て笑った。
 夕食の後、彼は図書館で映画を見て一人で時間を過ごした。映画が終わってロビーに出ると、緑色に輝く黒髪の若者が椅子に座ってぼーっとしているのが目に入った。ライサンダー・セイヤーズだ。副長官から聞いた話では、弁護士資格を目指して猛勉強中だと言う。疲れて休憩しているのだろう。ケンウッドはそばまで言って声をかけてみた。

「こんばんは、ライサンダー。勉強ははかどっていますか?」

 年下だが一般人なので丁寧に話しかけた。久し振りの再会だ。ライサンダーはちょっとはにかみながら、ええ、なんとか、と答えた。

「本気で弁護士を目指しているのですね。」
「はい、俺がクローンであることを活かせるとしたら、やはりクローンの権利の為に働くことだと思ったので。」

 ケンウッドは目を細めて彼を眺めた。

「完璧な人間なのにね、やはり差別はありますか?」
「俺が今の職場で何か不愉快な体験をした、と言うことはありません。でも、街中で他のクローンの人が嫌な思いをさせられている場面に遭遇することが偶にあります。助けてあげようとしたことがあったのですが、法律のことがよくわからなくて、悔しい思いをしました。論理的に抗議出来ないと、どうしても暴力の方へ向かってしまいますから・・・。」

 ライサンダーは、ふと父親のポール・レイン・ドーマーに尋ねようと思って、レインが留守で実現出来ていない質問を長官にしてみた。

「長官、フラネリー大統領はメーカーの取り締まりを強化させていますが、その一方でクローン技術の開示をドームに求めています。彼の目的は何ですか?」
「ふむ・・・」

ケンウッドは視線を遠くへ向けた。

「歴代の大統領は就任すると、地球人の存続が危機に陥っている事実を教えられます。女性が誕生しないと言う事実を公表出来ない理由を彼等は理解しますが、取り替え子の人数に限度があることに危機感を募らせる者もいます。どうしても女性は裕福な家庭、或いはドームが選択した家庭にしか割り当てられない。庶民は、何かおかしいと感じているはずです。」
「ええ・・・確かにそうです。どうして女性は金持ちの家にしか生まれないのだろう、とみんな疑問に思っていますよ。」
「フラネリー大統領は、政府が管理するクローン製造施設を建設する構想を持っているのでしょう。私達は彼と直接話しをしたことがないので、これは憶測ですが・・・。
彼は地球人だけの力で女性を増やせないものかと考えているのです。だが、それはまだ彼1人の頭の中での話でしょう。彼の政策スタッフにも事実は明かせないのですから。」

 ライサンダーはちょっとびっくりして長官を見つめた。

「工場で女性を創るのですか?」
「それに似たようなものでしょうね。」
「俺は好かないなぁ・・・」
「私も個人的には反対です。そんな施設を造ったら、すぐに事実が外部に漏れてしまうでしょう。それに・・・」

 ケンウッドは呟いた。

「あと100年耐えれば、地球は元通りになるはずですよ。」