2019年7月13日土曜日

奮闘 2 2 - 2

 昼食後、2人は一緒にアパート迄帰った。ハイネはアイダ・サヤカの部屋に行くかと思えたが、結局3階で降りずに5階迄上がって行った。元気に見えて実際はかなり眠かったのだろう。ケンウッドも3階の自室に入ると、上着を脱いで、そのまま夜着に着替えることもなくベッドに倒れ込み、直ぐに眠りに落ちた。
 目が覚めると、まだ2時間しか経っていなかった。それでも頭がスッキリしたので、ケンウッドは起き上がり、シャワーを浴びて普段着に着替えた。さっぱりすると、さて何をしようかと考え、端末を開いてみた。するとヤマザキ・ケンタロウからメールが入っていた。開封した。ヤマザキは、ジェリー・パーカーの診断結果と治療内容を報告して来たのだった。パーカーの打撲は肩や腕、脚、脇腹などで、幸い頭部は無事だった。薬剤ジェル浴で筋肉の損傷を回復させるとあった。
 ケンウッドはふとパーカーの見舞いに行ってやろうと思いついた。パーカーの外出の実質的な許可を出したのは自分だし、最終責任はハイネが取ると言ってはいたが、やはりケンウッドとしてはパーカーの身の安全をもっと考慮してやるべきだったと反省もあった。
 医療区に行くと、ヤマザキは多忙で話しが出来なかったが、パーカーとの面会はあっさりと許可が出た。ジェル浴室に行くと、なんだか急に懐かしくなった。

 20年前、ヘンリーと一緒に毎日ジェルカプセルの中のハイネを見舞ったのだった・・・

 あの頃はまだハイネともヤマザキとも親友ではなかった。しかしケンウッドもパーシバルも我が身を犠牲にしてでも地球を守ろうとしたハイネに感銘を受け、毎日通ううちに主治医のヤマザキともすっかり親しくなったのだ。
 ジェリー・パーカーは首から下をジェルの風呂の中に浸ける体勢でカプセルの中に立っていた。ジェルは体温と同じ温度に保たれ、パーカーの体に重力の負担を与えないようしっかりと肉体を包み込んでいた。ケンウッドが部屋に入った時、パーカーは目を閉じていた。眠っているのでないことは、壁の脳波モニターを見ればわかる。ケンウッドは声をかけた。

「ヤァ、パーカー。」

 パーカーが目を開いた。そして囁く様な低い声で言った。

「こんにちは、長官。申し訳ないが、そっちを向くのが一苦労なので、前に回ってもらえますか?」

 ケンウッドはカプセルの周囲を歩いて彼の正面にやって来た。

「打撲傷の治療が大変だとは聞いていたが、かなり大袈裟だな・・・痛むかね?」
「全身打撲ってとこですから、湿布をするよりこの方が薬剤が直接患部に浸透して治りが早いそうですよ。」

 ケンウッドは小さく頷いた。

「君が何処で何故怪我をしたのか、さっき遺伝子管理局から説明があった。私は、君がラムジー博士の墓参りに出かけると聞いたから外出を許可したのだが、どうもハイネと君、そして私の見解は異なっていたようだ。」

 実際は捜査の為に外出したのだと知っていたが、パーカーの外出理由は公には育て親の墓参りとなっていた。出来るだけ特定の人物に責任が集中しない様、秘書のチャーリー・チャンが考えたのだ。
 パーカーが言い訳した。

「俺は誰がラムゼイ博士殺害に直接手を下したのか、知りたかっただけです。オンライン上で俺と会話していたヤツが、本当にジェシー・ガーなのか、確認を取るだけのつもりでした。ハイネ局長も確認だけしてこいと言ったんです。」

 パーカーはジェシー・ガーの話を聞いているうちに殺意が芽生えたことは黙っていた。セイヤーズには脅すつもりで殺傷能力のない麻痺光線をガーの横を狙って撃ったと言ったが、本当は怒りに吾を忘れて殺すつもりで撃ったのだ。麻痺光線であることも忘れていた。しかしここでそれをケンウッドに告白するつもりはなかった。
 彼は殊勝な顔をして素早く付け足した。

「俺の怪我でハイネを叱ったりしなかったでしょうね?」
「私が彼を叱る?」

 ケンウッドが苦笑した。

「私が何を言っても、彼の場合は暖簾に腕押しだ。またコロニー人が小言を言っていると言う程度の認識で軽くスルーされる。」
「でも、あんた方は地球人を子供扱いしているだろ?」
「それは、我々がドーマー達や女性達を生まれた時から育てているからだ。決して地球人がコロニー人に劣っているなどと思ってはいない。」
「俺はあんた等に育てられたんじゃない。」

 ケンウッドはパーカーの目を見た。孤独な暗い目だ、と感じた。

「ああ・・・そうだ、君はここでは客人だ。」
「囚人だろ?」
「違うよ。君が復讐を企んだりさえしなければ、自由にドームを出入り出来るはずなのだがね。」

 パーカーとケンウッドの目が合った。

「君の復讐に、うちの子供達を巻き込まないでくれないか。」

とケンウッドが言った。言ってしまってから、しまった、と思った。これではますますパーカーの孤独感を強めてしまうではないか。 全ての地球人はドームの子供だ。しかし、パーカーは違う。パーカーは4000年も前に母親から生まれた正真正銘の地球人だ。

「つまり・・・」

 ケンウッドは心の中の狼狽を隠して言った。

「君に危険なことをして欲しくないと言う意味だよ。今みたいな怪我を2度として欲しくないのだ。」

 パーカーは曖昧な笑みを浮かべて目を閉じた。

「怪我を恐れては何も出来ませんぜ、長官。」

と彼は言い、ケンウッドにおやすみと呟いた。