2019年7月10日水曜日

奮闘 2 1 - 8

 ケンウッドが帰って良いよと言う前に、ハイネが自身の端末を手に取り、メッセージ画面を開いた。部下達からの連絡を確認して、長官を見た。

「長官はもうお帰りですか?」
「否、月の本部に書き換え手続き終了の連絡と、後細々した事務処理をしておこうと思うんだ。明日に残すと煩わしいからね。」

 ケンウッドは秘書達を見て微笑んだ。秘書も書類の山を抱えて過ごすのは嫌だろう。するとハイネが言った。

「お邪魔でなければ、お昼迄こちらで部下の報告書を読ませていただいてよろしいでしょうか? 仕事をアパートに持ち帰らない主義ですし、本部へ行けば行ったで余計な仕事が増えますから・・・。」

 日課は留守番の秘書がしてくれる。しかし報告書は自分で読みたい局長の心をケンウッドは理解した。

「いいよ、そこに座っていなさい。私も必要なことだけ片付けて休むつもりだ。一緒に昼飯に行こう。其れ迄好きにしていなさい。」

 ハイネは礼を言って、会議の時の自席に腰を据えた。南北大陸各所から送られてきた昨日の部下達の報告書を読み始めた。
 ケンウッドも執務机の前に座り、コンピューターのファイルを開いた。データ書き換えの最終書類を記入し、署名し、月に送付する。面倒だが、これをやっておかないと、月の執行部事務局から催促される。月は地球時間など御構い無しだから、下手をすると真夜中に叩き起こされる恐れがあるのだ。
 書き換えの最終事務処理を済ませると、ドームの日常的な事務処理が待っていた。重要ではないが、長官の承認がなければ先に進まない業務の書類に署名を入れる。部下を待たせたくないケンウッドは大急ぎでそれらの書類を片付けた。
 全部終わったのは11時前だった。書き換え認証処理が終わって2時間経っていた。ファイルを閉じて、ケンウッドはハイネを見た。遺伝子管理局長は疲れた表情で端末を見ていた。ケンウッドは声を掛けた。

「何か問題でも?」

 ハイネが振り返った。

「問題ですが、長官にご報告する様な内容ではありません。」
「そんな言い方をされると気になるなぁ。」

 ケンウッドはドームの外に外出させたジェリー・パーカーとダリル・セイヤーズの報告ではないかと疑った。するとハイネは言った。

「私の第1秘書に関する案件です。報告は、セルシウス・ドーマーから来ていました。」