2019年7月17日水曜日

家路 2 1 - 3

 アイダ・サヤカは彼女自身の問題よりも、親友で上司のキーラ・セドウィックが心配だった。美人で気が強いキーラは、仲間から尊敬され愛されていたが、同時に敵も多かった。思ったことをズバズバ言うし、正論で相手の口を封じてしまうので、男達から敬遠され、恐れられもした。彼女はまたローガン・ハイネとも頻繁に口論した。どちらからともなく、双方の言動にイチャモンをつけ、皮肉を言い合うのだ。
 だが、嫌い合っているのではない。アイダは敏感に察していた。互いに相手が好きなのに素直になれない、そんな仲だ。すると、ある時ハイネと喧嘩した後で、キーラがアイダに言い訳した。

「彼が嫌いではないのよ。互いに性格が似ているのだと思うの。だから反発し合うのだわ。」

 彼女はアイダにある画像を見せた。キーラによく似た年配の女性だった。

「母のマーサよ。昔、このドームで執政官として働いていたの。そしてあるプロジェクトに参加したのだけど、ちょっと調子に乗り過ぎたのね。地球人保護法違反に問われて、退官する羽目になったの。」

 キーラは片目を瞑って見せた。

「彼女は火星に帰って、37週目に私を産みました。」

 アイダはその言葉の意味を即時に理解した。コロニー人女性で地球人と恋に落ちる者がたまにいる。地球人の子供を孕んでしまうと、宇宙に帰って出産する。子供が地球で生まれて、万が一遺伝子に異常が起きるかも知れないと心配するからだ。だが、父親が地球人だと当局にバレると、子供は地球に送り返されてしまう。地球人の子供は地球人として育てる、それが宇宙連邦と地球の取り決めだった。大異変で人口が急激に減少した地球人は、一人でも多くの子孫を欲したのだ。だから、マーサ・セドウィックは、我が子を父親不明の子供として届出て、遺伝子検査を拒否した。コロニーでは、遺伝子検査の強制はされない。だから、キーラはコロニー人として成長したのだ。
 アイダは、キーラを見つめた。キーラは母親に似ている。しかし、笑うと、別の人物の顔にそっくりなのだ。
 アイダは大変な秘密を親友に押し付けられた気分になった。キーラには進化型1級遺伝子があるのではないか? もしアイダの知識が正しければ、「あの遺伝子」はX染色体上に存在する筈だ。アメリカ・ドームの貴重な収入源である、「あの遺伝子」だ。
 キーラがニッコリとした。

「父は私を娘と認めていないし、私も告知はしたけど、法律上の立場を認めてもらおうなんて思っていないの。公にすれば、成人している私はコロニー人としての権利をキープ出来るけど、母はスキャンダルの渦中に放り込まれるわね。相手が相手ですもの。だから私は一生沈黙するつもり。」
「でも・・・やっぱりお父様には認めてもらいたいでしょう?」

 アイダは人の子であり親だったので、キーラにも娘としての権利を認めてやりたかった。しかし、キーラは肩を竦めて首を振った。

「無駄よ。ドーマーは家族を理解しない。私達がそんな風に育ててしまったのだから。同じ遺伝子を持っているとわかっても、それ以上の繋がりは持てない人達なのよ。」

 それよりも、とキーラはアイダに顔を寄せてきた。

「貴女はもっと積極的に彼に接した方が良いわ。彼を狙っている女達は多いのよ。」
「いやねぇ・・・私は彼をなんとも思っていないから・・・」

 心にもないことを言ったが、キーラはクスッと笑った。笑うと本当に父親似だった。

「貴女がなんとも思っていなくても、向こうは貴女を気にしているわよ。相手にしてもらえないなんて、可哀想なローガン・ハイネ。」