2019年7月20日土曜日

家路 2 1 - 5

 気がつくと、ハイネが目を開いてアイダを見ていた。視線が合うと、彼が囁きかけてきた。

「眠れないのですか?」

 アイダは微笑んで見せた。

「楽しい思い出に浸っていただけです。」

 そして端末に手を伸ばした。時刻を見ようとすると、ハイネがその手を抑えた。

「まだ時間はあります。おやすみなさい。」

 そして彼は彼女から手を離し、寝返りを打って、反対側を向いた。アイダは思わず心の中で尋ねた。眠れないのは貴方の方ではないのですか、と。
 マザーコンピューターのデータ書き換えが完了してから、中央研究所は忙しくなった。執政官達は従来の女性誕生のきっかけを探す研究ではなく、これから生まれてくる地球人達の寿命を、大異変前に戻す研究に転向しなければならなかった。いくつかの部門では、もう用済みだと当人達が判断して、自主的に研究室を閉鎖して退官準備に入ろうとしていた。但し、これらの動きがデータ書き換えに端を発するとドーマー達に知られてはいけないのだ。ドーマーにはまだ200年前のデータの過ちが女性が誕生しなかった原因だと知られてはならない。しかし、彼等を外の世界に戻していくプログラムも進行しなければならない。
 秘密を知っているローガン・ハイネとジョアン・ターナーの2人のドーマー代表は中央研究所とドーマー社会のバランスを保つことに神経を使って疲れている。時々お馬鹿な執政官がいて、うっかり秘密を漏らしそうになり、その打ち消しに苦労するのだ。若いターナーが、白髪が増えたとこぼし、白髪のハイネが笑い飛ばしたことがあった。すると、うっかりターナーは、貴方も皺が増えましたよ、と口を滑らせて、長老を凹ませてしまったのだ。

「いつまでも若いままでいたいとは思いませんが・・・」

とハイネは妻にこぼした。

「いきなりシワクチャになるのは嫌なんです。」

 アイダは吹き出した。

「貴方は私より若く見えますよ。シワクチャなんて、とんでもない!」

 ハイネは彼女の頬に手を当てて言った。

「私は貴女と共に歳を取って行きたいです。」

 若さを保つ遺伝子を持って生まれた故に、愛する者達が徐々に歳を取って行くのを見るのが辛いのだ。彼は自身一人取り残されて行く疎外感を抱いている。アイダは彼を抱き締めたが、励ます言葉をすぐに思いつけずにいた。