ジェレミー・セルシウスが局長執務室に現れた直後に、ようやくリュック・ニュカネンから報告が届いた。ネピア・ドーマーは自身の判断力を疑われるのではないかと危惧しつつ、セルシウスと共にその報告書を読んだ。
ジェリー・パーカーはラムゼイ博士殺害実行犯と思われる人物と、彼がネットで会話をしていた男が同一人物であることを確認した。実際の接触は翌日に行うことにして、彼等は支局が手配したホテルに宿泊、夕食を摂りに出かけた。レストランからホテルに戻る時に、流しのタクシーを拾ったのだが、パーカーとセイヤーズが乗り込んだところで、タクシーはサルバトーレを置き去りにして走り去った。サルバトーレは別の車を捕まえ、タクシーを追跡した。一時見失ってしまったが、そのタクシーがトラックと衝突事故を起こしたのを発見した。サルバトーレは車内に閉じ込められたセイヤーズとパーカーを通行人の協力を得て救助した。タクシーの運転手は死亡していたのだが、その男が例のラムゼイ博士殺害実行犯とされる男だった。
パーカーとセイヤーズは病院に搬送された。セイヤーズは軽傷で湿布と塗り薬だけで済んだが、パーカーは打撲箇所が多く、命に別状はないが、当分動くのに苦痛を伴うだろうとのことだった。
ニュカネンは、2名を翌日ドームに送り返します、と締めくくっていた。
「素直に帰って来るだろうか。」
とセルシウスが呑気な口調で言うと、ネピアはムッとした。
「帰って来てくれないと困ります。局長が長官を説得して外に出したのです。」
「だが、その局長は事の顛末を見届ける前にお出かけだ。」
外の世界に出られないローガン・ハイネが行く場所など、たかが知れている。戻って来ないのは、執政官が、恐らく長官が、足止めしているのだ。
セルシウスが帰宅しても良いかとネピアに訊く前に、ダリル・セイヤーズから電話が掛かってきた。これも局長宛に掛けて来たのだが、ネピアが出た。
「事故のことは聞いたよ。」
ネピアはトラブルばかり起こすセイヤーズに腹を立てていた。遺伝子管理局の秘書仲間の内では、ネピアが最年長でセイヤーズが最年少だ。正直言って、セイヤーズはこの男が苦手だった。普段は局長と部下達の会話に一切口をはさまず、まるで存在しないかの様に気配もしない。しかし、不意に局長に話を降られても的確に答えを出す。常に正論を吐く。セイヤーズの脳天気さを軽蔑している雰囲気さえある。
「ご心配をおかけしました。取り敢えず、パーカーと私は無事だと局長にお伝え下さい。」
「何があったのかね? クーパーの報告によると事故を起こしたタクシーの運転手が、例のラムゼイの運転手だったそうだが?」
後で局長に報告書を提出するので、真夜中に秘書に事故の説明などしたくなかったが、これからも秘書仲間の会合などで顔を合わせるのだ、セイヤーズは素直に質問に答えた。
「そうです。パーカーは気づいていました。それで芝居を打って、私を攫ってガーに店へ案内させる筋書きのつもりだったのですが、ガーがラムゼイ博士殺害に関係している趣旨の発言を自らしたものですから、パーカーが頭に血を上らせてしまいました。パーカーの証言では、彼は私の麻痺光線銃を手にしていたのですが、それを威嚇のつもりで発射しました。運転手に当てるつもりはなかったそうですし、実際当てていません。しかし、光線が顔のすぐ横を走ったものですから、運転手のジェシー・ガーはパニックに陥ったのです。彼は光線を避けようと体を左に傾かせ、ついでにハンドルも左に大きく切りました。そして左車線を対向して来たトラックの側面に突っ込んだのです。ガーは即死だったそうです。パーカーと私は後続のタクシーで追いかけてきた保安課のサルバトーレ・ドーマーと数名の通行人に救助されました。これが、今回の事故の粗筋です。」
「すると、事故の原因はパーカーの失態だね?」
パーカー1人に責任を押しつけるのはセイヤーズには気が重かった。
「私の監督不行届です。」
「君がそう自覚しているなら、そう言うことにしておこう。」
ネピアが意味深な表現をした。それでセイヤーズはつい突っ込んでしまった。
「何かご異論でも?」
すると、秘書界の長老は言った。
「私は君達若者の業務上の行動に関して自分の意見は言わないことにしている。だから、運転中の人物に麻痺光線を浴びせるような馬鹿が遺伝子管理局にいるはずがないと言いたくても言わない。」
言ってるじゃないか、とセイヤーズは心の中で毒づいた。電話の反対側でも、セルシウス・ドーマーが同じことを思っていた。
「パーカーだってジェシー・ガーに光線を当てるつもりはなかったんです。脅すだけで・・・」
「脅す必要があったのか?」
「ラムゼイ殺害が運転手1人の考えで行われたと誰も思わないでしょう?」
「ガーはビューフォードやモスコヴィッツにそそのかされたのではないのか?」
「そうだとしても、ビューフォード達を動かしていたのは誰です? 彼等の行動は、彼等がドームに敵対する組織の長とするには、あまりにもお粗末です。パーカーは真の黒幕を突き止めたいのです。」
「パーカーの考えなのか? 君のではないのか?」
「パーカーと私の考えです。それにレインも同じ考えです。」
電話の向こうでネピア・ドーマーが溜息をついた。
「君はどうしてもこの件を解明したい訳だ。」
「はい。」
「明日・・・いや、既に今日か・・・戻らないつもりだな?」
「アキ・サルバトーレ・ドーマーは帰らせます。抗原注射の効力切れをまだ体験したことがありませんから、外に置くのは危険です。それから、パーカーも帰らせます。本人は抵抗すると思いますが、彼は局員ではないし、貴重な遺伝子保持者です。これ以上怪我をさせたくありません。」
「そして、君は残ってどうするのか?」
セイヤーズは迷うことなく答えた。
「まだわかりません。」
ジェリー・パーカーはラムゼイ博士殺害実行犯と思われる人物と、彼がネットで会話をしていた男が同一人物であることを確認した。実際の接触は翌日に行うことにして、彼等は支局が手配したホテルに宿泊、夕食を摂りに出かけた。レストランからホテルに戻る時に、流しのタクシーを拾ったのだが、パーカーとセイヤーズが乗り込んだところで、タクシーはサルバトーレを置き去りにして走り去った。サルバトーレは別の車を捕まえ、タクシーを追跡した。一時見失ってしまったが、そのタクシーがトラックと衝突事故を起こしたのを発見した。サルバトーレは車内に閉じ込められたセイヤーズとパーカーを通行人の協力を得て救助した。タクシーの運転手は死亡していたのだが、その男が例のラムゼイ博士殺害実行犯とされる男だった。
パーカーとセイヤーズは病院に搬送された。セイヤーズは軽傷で湿布と塗り薬だけで済んだが、パーカーは打撲箇所が多く、命に別状はないが、当分動くのに苦痛を伴うだろうとのことだった。
ニュカネンは、2名を翌日ドームに送り返します、と締めくくっていた。
「素直に帰って来るだろうか。」
とセルシウスが呑気な口調で言うと、ネピアはムッとした。
「帰って来てくれないと困ります。局長が長官を説得して外に出したのです。」
「だが、その局長は事の顛末を見届ける前にお出かけだ。」
外の世界に出られないローガン・ハイネが行く場所など、たかが知れている。戻って来ないのは、執政官が、恐らく長官が、足止めしているのだ。
セルシウスが帰宅しても良いかとネピアに訊く前に、ダリル・セイヤーズから電話が掛かってきた。これも局長宛に掛けて来たのだが、ネピアが出た。
「事故のことは聞いたよ。」
ネピアはトラブルばかり起こすセイヤーズに腹を立てていた。遺伝子管理局の秘書仲間の内では、ネピアが最年長でセイヤーズが最年少だ。正直言って、セイヤーズはこの男が苦手だった。普段は局長と部下達の会話に一切口をはさまず、まるで存在しないかの様に気配もしない。しかし、不意に局長に話を降られても的確に答えを出す。常に正論を吐く。セイヤーズの脳天気さを軽蔑している雰囲気さえある。
「ご心配をおかけしました。取り敢えず、パーカーと私は無事だと局長にお伝え下さい。」
「何があったのかね? クーパーの報告によると事故を起こしたタクシーの運転手が、例のラムゼイの運転手だったそうだが?」
後で局長に報告書を提出するので、真夜中に秘書に事故の説明などしたくなかったが、これからも秘書仲間の会合などで顔を合わせるのだ、セイヤーズは素直に質問に答えた。
「そうです。パーカーは気づいていました。それで芝居を打って、私を攫ってガーに店へ案内させる筋書きのつもりだったのですが、ガーがラムゼイ博士殺害に関係している趣旨の発言を自らしたものですから、パーカーが頭に血を上らせてしまいました。パーカーの証言では、彼は私の麻痺光線銃を手にしていたのですが、それを威嚇のつもりで発射しました。運転手に当てるつもりはなかったそうですし、実際当てていません。しかし、光線が顔のすぐ横を走ったものですから、運転手のジェシー・ガーはパニックに陥ったのです。彼は光線を避けようと体を左に傾かせ、ついでにハンドルも左に大きく切りました。そして左車線を対向して来たトラックの側面に突っ込んだのです。ガーは即死だったそうです。パーカーと私は後続のタクシーで追いかけてきた保安課のサルバトーレ・ドーマーと数名の通行人に救助されました。これが、今回の事故の粗筋です。」
「すると、事故の原因はパーカーの失態だね?」
パーカー1人に責任を押しつけるのはセイヤーズには気が重かった。
「私の監督不行届です。」
「君がそう自覚しているなら、そう言うことにしておこう。」
ネピアが意味深な表現をした。それでセイヤーズはつい突っ込んでしまった。
「何かご異論でも?」
すると、秘書界の長老は言った。
「私は君達若者の業務上の行動に関して自分の意見は言わないことにしている。だから、運転中の人物に麻痺光線を浴びせるような馬鹿が遺伝子管理局にいるはずがないと言いたくても言わない。」
言ってるじゃないか、とセイヤーズは心の中で毒づいた。電話の反対側でも、セルシウス・ドーマーが同じことを思っていた。
「パーカーだってジェシー・ガーに光線を当てるつもりはなかったんです。脅すだけで・・・」
「脅す必要があったのか?」
「ラムゼイ殺害が運転手1人の考えで行われたと誰も思わないでしょう?」
「ガーはビューフォードやモスコヴィッツにそそのかされたのではないのか?」
「そうだとしても、ビューフォード達を動かしていたのは誰です? 彼等の行動は、彼等がドームに敵対する組織の長とするには、あまりにもお粗末です。パーカーは真の黒幕を突き止めたいのです。」
「パーカーの考えなのか? 君のではないのか?」
「パーカーと私の考えです。それにレインも同じ考えです。」
電話の向こうでネピア・ドーマーが溜息をついた。
「君はどうしてもこの件を解明したい訳だ。」
「はい。」
「明日・・・いや、既に今日か・・・戻らないつもりだな?」
「アキ・サルバトーレ・ドーマーは帰らせます。抗原注射の効力切れをまだ体験したことがありませんから、外に置くのは危険です。それから、パーカーも帰らせます。本人は抵抗すると思いますが、彼は局員ではないし、貴重な遺伝子保持者です。これ以上怪我をさせたくありません。」
「そして、君は残ってどうするのか?」
セイヤーズは迷うことなく答えた。
「まだわかりません。」