2019年7月4日木曜日

奮闘 2 1 - 2

 遺伝子管理局本部局長執務室では、ネピア・ドーマーが落ち着きなく自身の机の前に座っていた。局長執務机は空だ。ネピアはハイネ局長が中央研究所に呼び出され、「丸一日戻らない可能性があるので、後は君に任せる」と告げた時、またコロニー人長官の我儘に付き合わされるのだな、と思った。ハイネは長官の言いつけを守ってデータ書き換えの話をまだ部下達に伝えていなかったのだ。いざ局長が去ってしまうと、ネピアは急に心細くなって、引退した先輩のジェレミー・セルシウス・ドーマーに、手が空いたら来て欲しいと連絡を入れた。セルシウスからは了解の返信が来たが、実物はまだ来ていなかった。
 外勤の部下達から午後の報告書が届き始めた。ネピアはキンスキー・ドーマーに秘書業務を託し、報告書に目を通し始めた。この作業は慣れていた。外勤からキャリアを始め、引退後は内勤で働いていたのだ。目を通した承認として「局長代理」の署名を入れた。局長は後日これらの報告書を読む筈だ。ハイネは決して一通の報告書も無視しない。だからネピアは慎重に読み、緊急を要する案件がないか注意を払った。
 夕方になってもハイネは戻らず、ネピアは報告書を読み終えた。時計を見て、もう暫くは頑張って見ようと思い、部下のキンスキー・ドーマーには帰宅を許した。
 局長業務を内勤の部下達に分業させてはどうかと言う案に、ネピアは批判的だった。ハイネを信奉する彼は、局長の日課は神聖な仕事だと信じている。地球人の生死の確認を記録する仕事だ。神に近いじゃないか、と彼は思っていた。だからハイネ自身の口から分業の提案が出た時は、酷いショックを受けた。内勤のドーマー達はネピアの部下だ。部下が神様の仕事をするなんて!
 ハイネはネピアが不満顔をしたので、「君は古いなぁ」と笑っただけだった。そして、そのうちにドーム幹部執政官から通達が来るだろうと呟いたのだ。
 分業に関する物思いからネピアが現実に戻ったのは、空腹になったからだ。彼はコンピュータを閉じ、帰宅の準備に取り掛かった。その時、電話が掛かってきた。取次の保安課のコンピュータが尋ねた。

ーーローズタウン支局長トーマス・クーパー元ドーマーから3番に、ハイネ局長宛に掛かっている。取次を希望するか?

 ネピアは機械相手に局長が不在だと説明しなかった。適当に答えた。

「希望する。取り次げ。」