2021年4月2日金曜日

星空の下で     27

  お昼寝タイムが終わると、ケンウッドはハイネ局長を連れて地下2階の射撃訓練場へ行った。射撃訓練を受けるのではなく、先週末に保養所から帰って来た職員のグループの検診を行うためだ。中央研究所に呼び出すより、こちらの方から出かけて行って、仕事ぶりを見学しながら手が空いた者から皮膚の状態を検査する。この部署のグループは警備システムの保守作業で半月ほど外に滞在したので、ケンウッドは外気の影響がどの程度人間の健康に及ぶのか調べたかったのだ。
 ケンウッドについて歩くハイネの脚は何事もなかったかの様に動いている。骨の状態は良好の様だ、とケンウッドは思った。

「ギプスに慣れたかね?」
「初日よりはかなり・・・しかし鬱陶しいのは変わりません。」

 ハイネは怪我をした翌日に比べると歩調が早くなっていた。元々適応能力が高い男だ。ギプス装着のまま歩くことは既に苦になっていないのだ。ただ皮膚感覚が不快なのだろう。ケンウッドは優しく、もう少しの我慢だよ、と励ました。
 射撃訓練場では、保安課の若者が5名程、並んで銃を構えていた。ドームでは麻痺光線銃を使用するが、外の世界で使用されている古式の火薬を用いた銃火器の扱いも教える。相手の武器を学んでおくことが、防御に役立つとの考えからだ。ヘッドフォンとアイシェードを装着した若者達が銃を撃つのを、ケンウッドとハイネは背後の防弾ガラスで守られた通路から眺めた。

「火薬の時代はとっくの昔に終わったと宇宙では考えられているが・・・」

 ケンウッドは溜め息をついた。

「どうしても残るんだね、武器と言うものは・・・」

 ハイネが苦笑した。

「地球には火薬の材料がありますし、光線銃を製造するより安価で簡単だからでしょう。それにあの発射音が好きな連中もいるそうです。」
「引き金を引いた時に感じる反動や火薬の匂い、色々マニアがいることは知っている。昔の映画などで見るガンマンはかっこいいからね。」

 ケンウッドは銃が大嫌いだ。自身が銃で撃たれた経験があるので尚更だった。正直なことを言えば、ドーマーに銃の扱いを教えたくなかった。保安課員が外へ出ても実際に使用するのは光線銃だけなのだ。
 2人が訓練風景を眺めていると、訓練所主任が呼ぶ声が聞こえた。検査対象の職員が部屋に来たのだ。ケンウッドはハイネに一緒に来るかと尋ね、ハイネはその場に残ると答えた。細胞検査を見ていても、遺伝子管理局長には楽しくないのだ。
 ケンウッドは彼を置いて準備された小部屋に入った。主任と30代前半の男が一人そこで待っていた。

「対象者は全部で7名です。一人ずつ順番でよろしかったですね?」
「うん。検査だけなら全員一緒でも構わないが、私はちょっと保養所の様子も聞きたいのでね。時間を取らせて申し訳ないが・・・」
「構いませんよ、こいつら、外の仕事がよほど楽しかったらしくて、保養所の話をそこら中でしたがるんですよ。」
「主任・・・」

 職員が頬を赤くして上司を睨んだ。ケンウッドと主任は笑い、主任は部下に「終わったら次に声をかけてやれ」と言いおいて部屋から出て行った。
 ケンウッドは職員を正面に座らせ、彼の氏名と所属の確認をして、腕の表皮を携帯検査機で分析にかかった。職員は腕に小さなパッドを載せられているだけなのだが、ケンウッドが机に置いた小型コンピューターの画面には細胞や遺伝子の様々な情報が次々と読み込まれて行った。ケンウッドがそれらのデータを見つめていると、職員が話しかけて来た。

「今朝の執政官会議に中央研究所の連中も出席したそうですね。」
「うん。気になるかい?」

 射撃訓練所は保安課の所属で学位には縁がない。勿論、保安課でも厨房班でも独自で何か勉強して学位を取りたいのであれば、一向に構わないのだが、彼等の日常は忙しくて専門的な研究に取られる時間がないのだ。

「僕は理科学系は苦手なんですけど、ドーマーがコロニー人と同じ学位を取れるのは素晴らしいと思います。」
「今までそれが許されなかったことがおかしいのだよ。コロニー人とドーマーは平等だと言っておきながら、何かと差をつけているのだからね。食堂だってそうだろう? 中央研究所の食堂を使えるドーマーは幹部級だけだ。中央研究所の助手達は立派な科学者なのに幹部でないと言う理由であそこを使えないんだよ。彼等にもガラスの向こうの女性達の健康状態を観察する技能があるにも関わらず。」
「でも、あそこは・・・」

 職員は肩をすくめた。

「人数制限は必要ですよ。女性を眺めたい男は大勢いますからね。」
「コロニー人にも制限をかけるべきさ。」

 ケンウッドは検査機が作業を終えたことを確認して、職員の腕からパットを取り除いた。職員が尋ねた。

「血液検査はなさらないのですか?」
「今日は必要ない。」

 ケンウッドは微笑んで見せた。

「大凡で良いから、教えてくれ。向こうに滞在中、屋外で何時間作業したのかな?」
「あちらには15日間滞在して、労働時間は1日8時間、そのうちで僕が外で作業したのは・・・全部で10日でした。80時間ですね。でも、途中で2日間、天気が良くなくて曇り空の時間と雨の中で作業したこともありました。」

 ケンウッドはその言葉を素早く端末に記録した。

「雨が降ったのか。いや、日付は気象情報を検索すればわかるよ。体を濡らして体調を崩したりしなかっただろうね?」

 ドームの中で暮らしていると降雨を経験しない。宇宙で育っても同じだ。ケンウッドもドーマーも雨降りは滅多に体験出来ない事象で、どちらも好きでなかった。雨は浴室のシャワーとは全然異なる自然現象で、時に不快で、時に恐怖を運んでくるものだった。雨上がりの空気の感触を楽しむほどには、彼等は雨に慣れていなかった。
 職員は首を振った。

「着ている物が体にくっついて気持ちが悪かったですが、体調に影響はありませんでした。保養所の管理人が温かい風呂を準備してくれましたから。」

 保養所の管理人は、元ドーマーが務めている。民間人ではドーマーの生活が一般の地球人と異なることに慣れないだろうし、ドーマーではまだ外の生活習慣が呑み込めないからだ。雨で体が濡れたらすぐに乾かすか温めるか、そう言う細やかな気遣いは、外界に出たばかりのドーマーにはまだ無理だった。ケンウッドは元ドーマーの存在を有り難く思った。