2021年4月4日日曜日

星空の下で     28

 2人目の職員は殆ど外で作業していたと答えた。顔も腕もよく日焼けしていたので、ケンウッドが日焼け止めクリームで保護しなかったのかと尋ねると、紫外線遮断クリームは塗ったが、肌の色を小麦色にしたかった、と言う答えが返ってきた。

「まさか全身を焼いたんじゃないだろうね?」
「休憩時間に裸になりましたよ。」

 若者は危険なことをしたと言う意識がなかった。 ケンウッドは色素の増加や細胞の変化を観察する必要があると彼のリストにコメントを入れた。
 結局7人の若い職員達は日光や外気にあまり恐怖感を持っていないことが判明した。外で暮らしている一般の地球人が平気なのだから、自分達も大丈夫だと言う意識だ。ドームが外の人間とドーマーの寿命や老化速度の違いを説明しても、保護クリームや紫外線遮断素材の衣料品を着用していれば大丈夫だと考えていた。

「クリームも衣料品も、ドームが支給しているから使用出来るのだと言う認識が不足しているね。」

とケンウッドは射撃訓練所の主任にこぼした。主任が頭を掻きながら言い訳した。

「連中はここへ帰ってくるのですから、自分達が守られていると言う意識が欠如しているのですよ。外の店で同じ物を探しても見つからないと、理解していないのです。」

 主任はちょっと悪戯っぽい目で長官を見た。

「一度、何も持たせずに行かせてみますか?」

 ケンウッドはびっくりした。そんな危険なことを、と言いそうになって、言葉を飲み込んだ。ドーマーを社会復帰させるのは、その「危険」を承知の上で行うことだ。元ドーマーと同じく、彼等はドームの保護がない場所へ出て行こうとしているのだ。同胞と同じ地球人として。

「医療区やターナー総代の意見も聞いてみるよ。」

と彼は答えた。

「短期間の生活で彼等の寿命が変化することはないが、我々の方では対処する準備が必要だから。保養所運営はまだ実験段階と言っても良い始めたばかりの試みだ。ドーマー達に混乱や我々に対する不信を生じさせたくない。今の世代の君達には、私達地球人類復活委員会がしっかりサポートしていると信じていて欲しいんだ。」
「みんな、執政官が私達を守って下さっていることを信じていますよ。だから、今回の出張グループがちょっと羽目を外したんです。何かあればすぐ救援の手が差し伸べられる。その証拠に、今日は長官が検査に来て下さったでしょう? もし保護クリームなしで皮膚に炎症とか起きても長官がお薬を塗って下さると甘えているんです。」

 ケンウッドは思わず苦笑した。

「軽い炎症なら良いがね・・・ビーチで肌を焼いて水膨れが出来た人もいるのだよ。あれはコロニー人だったが、外で育つ地球人でも同様の経験をする人がいる。個人差があるのだ。無茶をするなら、自分の皮膚の特徴を先に医療区で調べてもらってからにして欲しいな。」

 ケンウッドは主任に検査に協力してもらった礼を述べて、部屋を後にした。
 再び射撃訓練室に行くと、ガラス壁の前にちょっとした人だかりが出来ていた。彼が室内を覗くと、2人の若者が成績を競って動体標的の射撃を行なっていた。彼等の後ろに立っているのは教官とハイネ局長だ。若者達がしていることは見ればわかるが、ハイネは何をしているのだろう。ケンウッドは見物人に声をかけた。

「成績の競争かね?」

ええ、と答えて振り返った若者は、相手が長官だったので黙礼した。ケンウッドも目で返礼して、返事を待った。若者が説明した。

「ハイネ局長が昔仮想戦闘エリアの訓練で満点を叩き出されたことがあったので、教官が今撃っている2人のフォーム修正をお願いしたんです。あの2人はちょっと呑み込みが悪くて、なかなか上達しなくて教官が手を焼いていたんですよ。と言いますのも、彼等は空港ビルの保安員希望なんです。ドームの外での勤務ですから、ちゃんと銃の扱いが出来ないといけません。次の試験で落ちたら、一生ドーム内勤務です。」
「ハイネも実戦経験はないがね・・・」
「でも、局長の指導を受けてから、あの2人の弾はよく当たるようになりましたよ。」

 恐らくハイネは若者達各自の体格や腕の使い方を見て、銃の扱い方をそれに合わせるよう指導したのだろう。戦闘訓練の指導であれば、ゴメス少佐の方が得意な筈だ。しかしゴメス少佐は射撃訓練場には来ない。少佐は格闘技や仮想戦闘エリアでの行動の指導をしている。
 ケンウッドはベンチに腰を下ろして、先刻の検査結果の再検証を始めた。半月の外暮らしで大きな変化はないが、一人だけ皮膚に微細なアレルギー反応が出ている者がいた。空中の何かの粒子に反応したようだ。保養所近辺の空気の採取が実用だな、とケンウッドはそれもコメントに入れた。
 ガラス壁前の人垣がいつの間にかいなくなり、ハイネ局長が戻って来た。

「すみません、余計なことをしてお待たせしてしまったようですな。」
「いや、構わないよ。待ち時間に出来ることはあるからね。」

 ケンウッドは立ち上がり、2人は地上へ向かうエレベーターに乗った。

「君は若者に何か教える時は楽しそうだね。」
「貴方も養育棟で教鞭を取られていた頃はそうでしたよ。」
「そうだったかな。」

 ふとケンウッドの頭に閃いたことがあった。

「今日の検査を受けた若者達は紫外線や放射線の怖さをイマイチ理解していないんだ。確かに外の地球人は普通に暮らしているが、ドーマー達の健康を今の世代で損ないたくない。私は保養所へ派遣される彼等に講義を行うべきだろうね。」

 ハイネが微笑んだ。

「是非そうなさって下さい。外での業務を日焼けサロンと勘違いしている連中がいることも確かですからな。」