2021年4月22日木曜日

狂おしき一日 La Folle journée 10

 「ヘンリー、 早くして! シャトルに乗り遅れちゃうわよ!」

 キーラ・セドウィックは玄関で大声を張り上げた。横に置かれたスーツケースには2泊3日分の夫婦の衣類がぎっしり詰め込まれている。別便で先に地球へ送っておけば良かったのだが、入れ忘れの物や防犯問題やらでグズグズしている間に運送業者に預けるタイミングを逃してしまったのだ。夫のヘンリー・パーシバルは友人達への土産物を入れる機密性の高いカバンを探してまだ寝室脇のクローゼットでゴソゴソしていた。

「あと5分・・・おかしいな、確かにここに置いたのに・・・」
「もう・・・」

 キーラは寝室にズカズカと歩いて行き、入り口からすぐ横に置かれている低いサイドボードの上にあった小型のカバンを手に取った。

「これじゃないの?」

 パーシバルがクローゼットから顔を出した。顔が綻んだ。

「それだよ! どこにあったんだい?」
「どこでしょうね。」

 キーラは既に玄関に戻ろうとしていた。パーシバルは慌ててカバンを持ってキッチンへ行き、冷蔵庫の中の容器をカバンに押し込み、妻の後を追った。
 キーラがスーツケースを屋外に出すと、彼も走り出して来た。彼女がドアを閉めて自動ロックが掛かった。

「そんなに怒るなよ。」

 車に乗りながらパーシバルが妻を宥めようとした。

「シャトルは1本しかない訳じゃないんだ。」
「夕方迄に着きたいの。シュリーの衣装合わせがあるのですもの。」

 荷物を積み込んで2人は自宅を出発した。場所を告げると自動車は自動運転で宇宙港へ向かった。数年ぶりの地球行きだ。キーラが高揚しているのがパーシバルにもわかった。彼自身は仕事で月に2回の割合で地球各地のドームを巡回して神経科の医師として働いている。時間があれば古巣の南北アメリカ大陸ドームに立ち寄って親友達と旧交を温め合うのだ。しかしキーラは月の地球人類復活委員会の本部で事務仕事をする医者なので、あまり地球へ降りる機会がない。前回降りた時は、母マーサの訃報を父ローガン・ハイネに告げに行ったのだった。地球で働いている娘シュラミスや研究で地球と火星を行き来している息子ローガンとは長い期間会っていない。

「ローガンは宇宙港で待ち合わせだったわね?」

 彼女が確認するのは今日これで3回目だ。パーシバルは苦笑した。

「そうだよ、ローガンは月の宇宙港で僕等と合流、シュリーはあちらの宇宙港で僕等をお出迎えしてくれるんだ。」
「シャナは?」

 三つ子の最後のメンバーを忘れてはならない。パーシバルは溜め息をついた。

「あの子はなかなか捉まらない。だが、マネージャーのエッケ・ライコネンが言うには既に今朝地球に降りたそうだ。シュリーと合流したのか、別行動なのか、それはライコネンもわからないそうだ。」
「わからないって・・・マネージャーでしょ?」
「シャナは公私をはっきり分ける子だからね、姉の結婚は私事だ。ライコネンは立ち入りを許されないとこぼしていた。彼はシュリーに祝いのお花をくれているのになぁ。」
「月の家にね。地球へは送れないもの。画像で送るしかないわ。でもシャナは地球には行き慣れていないのよ。迷子にならないかしら。」

 医師としてクールに行動出来るキーラも母親の顔になると子供が心配でならない。子供達は全員24歳なのだ。立派に成人して社会人として銘々地位もそれなりに築いている。
 ふとパーシバルは彼等の車の後ろをついてくるもう一台の車に気がついた。

「ロンの一家だ。同じシャトルを予約していたようだな。まさか僕等の一族でシャトルを貸し切ったんじゃないだろうな?」
「貴方の兄さん達は家族全員だったかしら?」
「いや、甥が2人欠席だ。子供がまだ10歳に達していないので宇宙空間に出られない。」
「それじゃ、兄さん夫婦2組と姉さんと、甥が3人姪が2人、それぞれの子供を入れて・・・」
「総勢21名。簡素にするから来なくていいって言ったんだが、滅多にない地球旅行のチャンスだからって、みんなして来るんだ。ニコに申し訳ないよ。」
「食事代は会費だからいいじゃない。」
「護衛が大勢いるだろう。」

 パーシバルはニヤニヤしながら言った。

「何しろ、僕等の娘は国家元首と対等の地位にいる男と結婚するのだからね!」