2016年11月12日土曜日

暗雲 1

 ダリルの夕食後の1時間は1人で散歩する時間になった。誰にも邪魔されずに「庭園」を歩き、ライサンダーの行方を考えたり、仕事の問題点を再考してみたり、ポールの言動の意味を考えてみたり・・・自由な思索の時を過ごすのだ。
 10日に1度くらいは、例のベンチで副長官を見つけた。ラナ・ゴーンも彼と同様に1人の時間を過ごしているのだが、彼が同席を求めるといつも快く承諾してくれた。2人は母親として父親として互いの子供の話をしたり、仕事の話をしたり、趣味の話をして静かに夕刻の一時を楽しんだ。
 ダリルは毎回少しずつ2人の間を詰めていった。肩が触れあっても彼女が逃げないことを確認すると、彼は大胆な行動に出た。彼女の後ろの背もたれに腕を掛けて、体を密着させたのだ。ラナ・ゴーン副長官は大人の対応をした。

「他人に見られると誤解されますよ。」

とやんわり注意したのだ。ダリルは彼女の顔を見た。すぐ目の前に互いの顔があった。

「私は誤解されるようなことはしていないつもりですが?」
「そうなの?」
「コロニー人が地球人を誘惑するのは処罰の対象になりますが、その逆は禁止されていません。」

 ラナ・ゴーンが何か言い返す前に、ダリルは彼女の唇に自分の唇を重ねた。かなり長い間キスをしてから、彼は彼女からそっと離れて相手の反応を伺った。ラナ・ゴーンは暫く宙を眺めていた。それから言った。

「ドーマーから迫られたのは初めてなのよ。」
「意外です。」
「私は、貴方よりずっと年上なの。」
「知っています。」
「仕事の仲間とは関係を持たないことにしています。」

 するとダリルは彼女が驚く言葉を返した。

「私は貴女の仕事仲間なのですか?」

 ラナ・ゴーンは彼から少し身を退いた。彼の質問がショックだったのだ。

「違うと言うの? そう・・・貴方は・・・貴方達はそう思っているのね・・・」
「一緒に仕事はしていますが・・・」

 ダリルは慎重に言葉を選んだ。

「同等だとは思えないのです。」
「私達が地球人を見下していると思うの?」
「管理されていますから・・・生まれてから死ぬ迄、地球人全てが貴方達に管理されているでしょう?」

 副長官は暫く黙り込んだ。ダリルは議論をふっかけてしまったことを後悔した。彼はただラナ・ゴーンと言う女性と今迄以上に親しくなりたかっただけなのだ。

「女性が自然に誕生すれば、何も問題はないのよね。」

と彼女が呟いた。

「ドームは無用の施設となって、ドーマーも存在しなくなるわ。コロニー人はコロニーに帰る。地球へは、ビジネスや観光で来る程度になる。」
「恋愛も自由に出来ます。」
「これは、恋愛ではありません。今の貴方と私のことですよ。」

 今度はダリルがショックを受けた。では、何故彼女は彼が接近することを許したのだ?
猫が飼い主に甘えるのと同じ認識で許したのか?
 ラナ・ゴーンは彼が傷ついた様な顔をしたことに気が付いた。またショックを受けた。

「まさか・・・貴方は本気なの?」
「私は遊びでこんなことはしません。」
「でも、貴方にはレインがいるじゃない。」
「貴女にも配偶者がいらっしゃることは知っています。」
「だったら・・・」

 ダリルは彼女から離れ、立ち上がった。

「すみません、調子に乗りすぎました。今夜のことは忘れて下さい。」

 彼が立ち去ろうとすると、彼女が「セイヤーズ」と呼びかけた。彼が足を止めて振り返ると、彼女は優しく言った。

「忘れているようだから、言っておきます。ここには監視カメラがあるのよ。」