2016年11月5日土曜日

対面 6

 ポール・レイン・ドーマーはアーシュラ・R・L・フラネリーと2人きりで書斎に残されて、少し戸惑っていた。アーシュラがトーラス野生動物保護団体の情報をくれるのは有り難いが、これは元々ダリルの「ヤマ」だ。話す相手が違うのではないか、と思ったのだ。
 アーシュラが話しかけて来た。

「髪の色は黒ですね?」
「ええ・・・?」
「何故そんな頭に?」

 仕事に関係ないだろ? ポールは少しムッとした。

「趣味ですよ。」
「葉緑体があるのでは?」
「大統領閣下にもありますよね。」

と少し反抗的に言ってしまってから、ポールは気が付いた。大統領に葉緑体毛髪があると言うことは、父親にもあったのだ。今は完全に白髪だが、ポール・フラネリーは昔は緑色の髪が美しい政治家として人気があったのだ。

 緑の髪のポール

忌まわしいリン元長官の声が遠くで聞こえた。思い出す度に反吐が出そうになる。
彼の表情が強ばったことにアーシュラは気づいた。息子は髪の色のせいで過去に嫌なことがあったのだ。彼女はポールに近づいた。この状況は何だ? とポールは自問した。アーシュラは仕事の話をするつもりはないのだ。彼女が手を伸ばしてきた。
 彼女の指が頬に触れる瞬間にポールは身を退いて逃げた。アーシュラの声が哀しげに響いた。

「私のベビー!」

 「氷の刃」は少々うろたえた。完全に状況を把握した。父親の名前と髪の色、そして目の前にいる女性が彼に触ろうとした意味・・・
 ポールは室内を見回した。逃げ場がない。アーシュラは出口への動線を塞いでいる。部屋から出ようとすれば、彼女は阻止しようとするだろう。どうしても彼女と体が触れあう。
 困った。彼は途方に暮れた。目の前にいる女性は、彼自身の母親だ。そして、接触テレパスだ。握手した時、彼女は彼が欲しいトーラス野生動物保護団体の情報を大量にくれた。情報だけをくれたのだ。彼女のプライバシーは一切なかった。つまり、彼女は能力のコントロールが彼以上に上手だと言うことだ。彼は自身が今とてつもなく動揺していることがわかっていた。今彼女に触られたら、ドームの機密一切合切を知られてしまう。ダリルとのことも、息子の存在も、JJへの気持ちも・・・

「どうか、待って下さい!」

 ポールはアーシュラに訴えた。

「貴女が・・・その・・・私の母親だと言うことは、わかりました。」

 アーシュラが胸元で手を組み合わせた。息子は何を言おうとしているのだろう? 彼女も不安だった。夫は、次男に期待してはいけない、と言った。あれはドーマーなのだから、おまえの子にはならない。
 ポールは慎重に言葉を選んだ。

「心の準備が出来ていません。あまりにもいきなりなので・・・理解して頂けるでしょう? 貴女と同じなのです。」

 彼は小声になった。

「同じ能力があるのです。ですから・・・今触られると、任務の機密情報まで貴女に伝わってしまうとわかるのです。情報のセーブが出来る心理状態ではありません。」

 アーシュラは無言でポールに飛びつき、衣服の上から抱きしめた。ポールは己が馬鹿みたに突っ立て居ると感じた。抱きしめ返すべきだろうか? それとも押し返す?
アーシュラが彼の胸で囁いた。

「貴方が私のお腹に居る時、よく語りかけました。早く出てらっしゃい、外は愉しいわよって・・・」
「でも、外に出たら、貴女はいなかった。」

言ってしまって、ポールはしまったと思った。心の奥深くに閉じ込めていた、遠い記憶なのに・・・

「裏切られたと思ったのね。」

とアーシュラが優しく言った。

「貴方を返してくれと何度訴えても無駄でした。これからは、貴方を裏切ることがないように生きていきます。貴方が私達の子供で良かったと思ってくれるように。」

 彼女はそっと彼から身を離した。

「体に気をつけて。」
「貴女も・・・」
 
一瞬油断した。アーシュラは素早くポールの頬にキスをして、それから出口への道を空けた。