2016年11月6日日曜日

対面 8

 抗原注射が効いている間に出来ることはやってしまう、と言うのがドーマーの仕事のやり方だ。ポール・レイン・ドーマーは大統領一家との面談を終えたその脚で、トーラス野生動物保護団体の理事長モスコヴィッツの屋敷をアポ無し訪問した。モスコヴィッツの家はドームから南へ500キロ行った古い街にあった。彼が在宅であることを確認しての決行だ。
 モスコヴィッツ家の執事は迷惑そうだったが、遺伝子管理局は警察と違って令状なしで家庭訪問が出来るので、渋々中に入れてくれた。
 玄関にモスコヴィッツの会社の清涼飲料水のオブジェが飾られている。ドームでは人工甘味料が入った物はドーマーに与えない。大人になって外に出て、初めて口にする味に、ドーマーは戸惑う。好みの差が出て、はまる者がいれば拒絶する者もいる。ポールは拒絶派で、ダリルは許容派だ。

「ガキにこんなモノを与えていたのか?」
「子供はこう言うのを好むんだよ。」
「ライサンダーに与えていたのか? 許せん暴挙だ。」
「国の基準を満たした成分なんだから、大丈夫だ。」
「さて、どうだか・・・」

 ダリルは、最近ポールがライサンダーの親だと言う言動を取ることに気が付いていた。勿論、ダリルの前だけなのだが、それでもちょっと嬉しい変化だ。

「ここで私達が捕虜になったら、部下達はどうするかな?」

 ダリルが暇つぶしに質問すると、ポールは馬鹿なことを聞くなとぼやいた。

「本部に連絡するに決まってるじゃないか。」
「ドーマーって、どうして本部の指示がないと動かないんだ。」

 ダリルもぼやいた。

「たまには冒険してみろよ。窮地に陥った仲間を独自の判断で救出するとか・・・」
「そんなアホなことを言っていると、本当に困ったことになるぞ。」

 ポールが仕事中は冗談を言わないので、ダリルはつまらなかった。昔はもっとふざけた男だったのに、いつのまにか分別臭くなった。やはりそれだけ歳を取ったと言うことか。
 モスコヴィッツが入り口に立った。室内のドーマーを珍しそうに眺めた。ダリルとはラムゼイが死んだ時に1度会っているのだが。

「約束もなしで、何の用だろうか、遺伝子管理局の諸君。」

 ポールが答えた。

「ラムゼイとどれだけ親しかったのか、お話を伺おうと思って来ました。」

 モスコヴィッツはダリルに向かって言った。

「彼とは友人だった、と言ったはずだが?」
「もう少し詳しくお伺いしたいのです。クローン研究について、ラムゼイとどんな話をされていたのか?」

 モスコヴィッツが室内に入ってきた。正面に立って、改めて2人の局員を見比べた。そして再びダリルに話しかけた。

「相棒を換えたのかね?」
「こちらは上司の、チーフ・レインです。」

 ポールは宜しくと言った。モスコヴィッツはポールを眺めた。

「噂に聞いていたが・・・これほど美しいとは・・・」

 モスコヴィッツの小声の呟きの後半をポールは聞こえないふりをした。

「どんな噂です? 」

 モスコヴィッツは握手を求めて手を出した。

「君に睨まれたメーカーは生き残れない、とね。『氷の刃』の異名を持つ男は君のことだろう?」

 ポールは握手に応じながら、ニヤリと笑った。

「そうですよ。でも最近、ちょっと溶けかかってましてね。」

 ダリルが尋ねた。

「メーカーの間の噂は、ラムゼイからお聞きになったんですね?」
「え・・・うん、まぁ、そう言うことだ。」