2018年8月16日木曜日

4X’s 2 1 - 6

 ポール・レイン・ドーマーは抗原注射の効力切れ休暇だったが、長官の前で任務の結果報告をするので、私服ではなく遺伝子管理局の制服とも言えるスーツを着ていた。ケンウッドは私服で来て構わないと言ってやれば良かった、とちょっぴり後悔した。レインの様に真面目な男は公私をはっきり分けたがる。今回の報告はあまり情報を広めたくないから3人だけで集まったのだ。スーツでは目立つだろうに、と思ったが、ドーマー達は中央研究所に行くことは仕事と心得ているので、誰でも制服でやって来る。私服でも平気なのはハイネぐらいなものだ。そのハイネだって、朝から本部で仕事をしていればスーツでやって来たはずだった。
 ケンウッドはレインにハイネの向かいに座る様にと言って、若い班チーフを恐縮させた。ハイネは長官の左前に座っており、そこは彼のこの長官執務室での定位置だった。レインが指定されたのは、右前の副長官の席だ。当然レインはそれを知っていたので、恐縮したのだ。しかしもたもたしていると上司達に迷惑をかけるだけなので、彼は素直に示された椅子に腰を下ろした。
 「さて」とケンウッドがレインを見て言った。

「セイヤーズを発見したのだね?」

 ハイネ局長が眉を上げた。明らかに驚いていた。しかし何も言わずにレインの顔を見ただけだった。レインは頷いた。

「タンブルウィード市から北へ車で2時間ばかり行った山中に、石を組んで作った家屋がありました。失礼します・・・」

 彼は端末を操作して、長官執務室の会議テーブル上に画像を出した。キエフ・ドーマーが見逃してルーカス・ドーマーが発見した家の画像だ。勿論、レインは発見者の名前を告げたが、局長は動かなかった。

「今迄、これが家屋だと認識されていなかったので、住人の調査も行なっていませんでした。それは南部班の手落ちと認めます。住民登録もなかったのです。しかし・・・」

 レインは画像にポインターの光を当てた。

「前庭は耕地です。植物を栽培し、自給自足で食糧生産しているのです。家の背後には小さい水の流れと池があり、水源も確保されています。車も2台、トラクターも持っています。機械類は古い物なら二束三文で買えますから、セイヤーズの腕なら修理して使用可能な状態にするのは朝飯前でしょう。おそらく発電機も持っている筈です。納屋と思しき小さい家屋がこちらにあり、電線が引かれています。町からこの家屋には電気が通じていませんから、自前で発電して使っているのです。」
「住人の情報は得ているのか?」

 初めてハイネが質問した。レインは「はい」と頷いた。

「町で収集した情報によると、この家には男が2人住んでいます。成人と若い男、目撃証言では年々成長している様子なので、10代の少年と思われます。」
「少年?」
「黒い葉緑体毛髪を持つ白人の少年です。」

 ハイネはツルツルに剃髪されているレインの頭部に目を向け、ケンウッドはセイヤーズが脱走した後でヘンリー・パーシバルが懸念したことを思い出した。セイヤーズはドームを抜け出した時、生細胞を保管するハードケースと呼ばれる小さな保温鞄を持っていた。
ゲート係にケースが空であると見せたのだが、手先が器用な彼は手品が得意だった。細胞が入ったカプセルを袖口に隠して、ケースを係から受け取った際に素早く入れることなど簡単だったろう。
 レインは報告を続けた。

「親は金髪で目は緑です。そして・・・」

 彼は大きく深呼吸して言った。

「自分でダリル・セイヤーズと名乗っています。」

 ケンウッドは昨日既にレインから報告を聞いていたので、ハイネの反応を伺って見た。ハイネ局長はまだレインの頭を見ていた。無いはずのレインの髪の毛を見ているのだ。
 レインは期待を込めた目で局長を見つめた。局長が一言、セイヤーズの身柄を確保、と言ってくれさえすれば、今すぐにでもタンブルウィード郊外の、石の掘っ建て小屋へすっ飛んで行くつもりだった。
 ハイネがレインの頭からテーブルの画像に視線を移した。

「セイヤーズは今何をしているのだ? 町の住民と接触があるのか?」
「月に1度の割合で山から降りて、野菜を売って必要な生活用品を買って帰る、その程度の接触です。金銭が必要な時は力仕事や運搬の仕事を請け負うこともあるそうです。」
「それだけか?」
「はい。遺伝子管理に繋がるようなことは何もしていません。」
「コンピュータにも関係していないのか?」
「電話すら持っていないようです。」
「では・・・」

 ハイネはレインを正面から見た。

「同居している少年は何者だ?」