2018年8月22日水曜日

4X’s 2 3 - 1

 北米南部班第4チーム・リーダー、ジェラルド・ハイデッカー・ドーマーは局長執務室に入ったのはこれで生涯3度目だな、と思った。最初は入局式で、2度目はチーム・リーダーに任命された時。人生の節目に局長執務室に呼ばれると思っていたが、今回は違った。業務報告の詳細な解説をしなければならない。
 執務机の向こうのハイネ局長はコンピュータの画面を眺めながら彼の説明を聞いていた。本当に耳を傾けてくれているのかと疑ってしまう程、ぼーっとした表情だ。しかし、机のこちら側に座っているチーフ・レインは外から戻ったばかりで疲弊した様子だったが、真剣な目でハイデッカーを見ていた。チーフは局長がやる気無そうな態度を見せても苦情を言わないし、非難の目で見ることもない。だから、局長は普段からこんな様子なのだろう。
 ハイデッカーが説明を求められたのは、ラムゼイの特別室に入った時の室内の様子だった。ラムゼイ側の人間とベーリング側の人間が倒れていた位置、遺伝子管理局と警察が踏み込んだ時にまだ息があった人間の様子、等。

「マルセル・ベーリングは私が側へ近づいた時、まだ生きていました。」

と報告書には書かなかったことを彼は語った。

「私はてっきり彼女が死んでいるものと思い、俯せになっていた彼女の体を仰向けにしようとしたのです。肩をつかもうとしたら、いきなり腕を掴まれました。正直、驚きました。もう少しで声を上げるところでした。でも、彼女の手は力が弱く、すぐに床に落ちそうでした。
 私は気を取り直して、彼女の手を握って、もうすぐ救助が来るから頑張れと言ってやりました。体の下に溜まった血の量を見て、救助は間に合わないとわかったのですが、彼女を突き放すことは出来ないと思ったのです。
 彼女は私が誰だかわからなかったと思いますが、敵ではないと思ったのでしょう。私にこう言いました。
『4Xを守って』と。
 4Xとは何かと訊こうとしましたが、彼女の手から力が抜けて、床に落ちました。端末で確認する迄もなく、亡くなったのだとわかりました。」

 ハイデッカーは直ちに警察官を呼び、マルセルの体を署へ搬送するよう要請した。貴重な女性の遺体を放置して別のメーカーに盗まれてはならない。