2018年8月22日水曜日

4X’s 2 2 - 9

 地下の廊下の突き当たりに目立たない扉があった。スコットフィールドがその扉を押し開けた。
  
「多分、ここはラムゼイの特別な部屋だったのでしょう。」

 毛足の長いカーペットとどっしりとした執務机、両側の壁を埋め尽くす書棚、机の向こうはガラス壁で、掘り下げて造られた庭と岸壁から生える萎びた観葉植物が見えた。明るいのは、庭が天井のない吹き抜けになっていたからだ。
 床の血痕や死体マーカーを無視すれば、心地よい部屋なのだろう。ラムゼイがここで研究していたと言うより、上客と契約を交わす為の部屋に違いない、とレインは思った。

「ここにあった資料は重要かと思えたので、昨日のうちに回収してあります。アタシが見てもチンプンカンプンなので、遺伝子管理局に渡しましたけど・・・」
「それで結構です。多分、俺が見てもわからないと思うので、ドームの学者先生達にお任せですよ。」

 床にはファイルから溢れた書類や、ガラスの破片が飛び散っているので、レインとスコットフィールドは用心深く歩いた。

「ラムゼイ自身が研究に使っていた部屋はあるんですか?」
「それは多分、こっちですよ。」

 2人は一旦その明るい部屋を出て、別の部屋に入った。そこはレインにとって見慣れた風景の空間だった。フラスコ、試験管、顕微鏡、DNA分析器、コンピュータ・・・どれも壊されていたが、ドームの中央研究所みたいだ。

「ラムゼイが何者かと言う手がかりはないんです。」

とスコットフィールドが忌々し気に言った。鑑識が集めた証拠物件をこれから分析するのだが、手応えがあるものが見当たらないと言う意味だろう。
 レインは唯1人の生存者がまだ意識を取り戻さないことを思い出した。接触テレパスで情報を集めたいのが、昨日は医師が面会を許さなかった。レインが現地で捜査出来る時間は後1日だ。ドームに帰れば次に外出許可が出るのは10日後になる。ヤマザキ医療区長はハイネ局長の要請を請けた時に、「一回切りだ」と念を押したのだ。レインの健康を考えてのことだが、レインは自分の体よりラムゼイを追いたい。4Xの手掛かりを掴みたい。そしてダリル・セイヤーズを取り戻したい。

「ハイデッカーさんが、ラムゼイ一味がベーリングの研究所から拐った女性は2人だったと仰いましたが・・・」

と警部補が言った。

「女性の死体は1人だけでしたね?」
「そうですが、やはりもう1人いたと思います。」

 スコットフィールドが奥の隅を指差した。

「昨日、アタシがここに入った時、そこの隅にコンパクトが落ちていたんです。」
「コンパクト?」
「マルセル・ベーリングの物だと思ったんですが、デザインが若い子向きだったんです。それに化粧品の色が、死体の肌に付いているものと違っていました。」

 レインは警部補を見た。流石に刑事だ、細かいところに目を向けている、と彼は珍しく他人の才能に感心した。

「それも回収されたのでしょうね?」
「署の鑑識に渡しています。恐らく、化粧品の表面にDNAが残っていないか調べるでしょう。」

 再度警察の鑑識が昨日回収仕切れなかった物を集めにやって来た、と外に残していた制服警官から連絡が入った。鮮度に関係ない証拠品を回収に来たのだ。
 レインはもう一度病院に行こうと思った。