2018年10月6日土曜日

中央研究所  2 1 - 1

「あら、お目覚めね。」

 ラナ・ゴーンが声を出した。器具を片付けるために点検していたケンウッドは振り返った。検査台の上に横たわっていたダリル・セイヤーズ・ドーマーが目を開いていた。眩しそうに一度目を閉じ、また恐る恐る開こうとしているのだった。声がした方へ顔を向ける。

「照明を少し落としてやろう。眩しいだろう。」

 ケンウッドは天井の照明のセンサーに手を振った。スッと光度が落ちた。自然光に近い明るさになった。ケンウッドはセイヤーズの上に覗き込み、マスクを取って顔を見せてやった。

「私を覚えているか? ダリル・セイヤーズ・ドーマー?」

 最後に会ったのは20年前だ。セイヤーズはまだ少年で訓練所の生徒だった。陽気な元気の良い少年で、養育棟から卒業間近で、ドームが広い世界に思えただろう。目を輝かせて走り回っていた。大人になってからは互いに多忙で会っていなかった。
 セイヤーズは暫く彼を見上げて見つめていたが、考え込んでいる表情ではなかった。寧ろ信じられない物を見た、と言う顔で、彼は呟いた。

「18年以上も地球上に残るコロニー人を初めて見ました、ケンウッド博士。」

 ケンウッドは皮肉っぽく笑った。18年以上もいて、まだ女性誕生の鍵を見つけていないのか、と言われたような気がしたが、セイヤーズは勿論そんなつもりで言ったのではなく、重力に耐え抜いて生活しているコロニー人の存在に感心しただけだった。
 ケンウッドは何か気の利いたことを返そうと思ったが、結局皮肉しか思い浮かばなかった。

「初めてではあるまい、君はもっと長く地上にいる男と知り合いのはずだ。」

 セイヤーズがクローンを作らせたラムゼイのことを言ったが、セイヤーズにはピンと来なかったらしい。キョトンとした表情になった。

 ラムゼイがコロニー人だと気がつかなかったのか?

 その時、ラナ・ゴーンが咳払いして存在を男達に思い出させた。彼女はマスクを外し、セイヤーズの視界に入った。

「私は、初めまして、ね、セイヤーズ。副長官のラナ・ゴーン、医学博士です。血液の研究をしています。」

 セイヤーズが驚いた様に目を見張った。そりゃ、美人を見れば驚くだろう、ここは女性の少ない地球だ。
 副長官? とセイヤーズが声を出さずに呟いて、ケンウッドに視線を戻した。ケンウッドは無言で自身を指差して自己紹介した。長官だよ、と。ドームのトップが交代しても地球では大したニュースにならない。それにケンウッドは長官になって15年近く経つ。交代のニュースを聞き逃せば、もう知ることもない。
 へぇ、とセイヤーズが、(ハイネが評した)能天気らしく感心した顔で見返した。
ゴーンがセイヤーズの身体をベッドに拘束しているベルトを外しにかかった。

「検査中に貴方が動いて怪我をしないように、縛っていただけです。自由にしてあげますから暴れないでね。」
「暴れませんよ、ゴーン博士。」

 セイヤーズは彼女の横顔を見て、ちょっと笑った。自身をリラックスさせる目的もあったが、思った通りの感想を口にした。

「綺麗な方ですね。唇が可愛らしい。」

ラナ・ゴーンが少しびっくりして、ケンウッドを見た。ケンウッドは、彼女が今までドーム内に流布する噂を鵜呑みにしていたのだと悟り、誤りの部分を訂正してやった。

「セイヤーズは、女性に関して言えば、ノーマルなんだ。 だから、扱いには気をつけ給え。」