2018年10月6日土曜日

中央研究所  2 1 - 2

  ケンウッドが使った「扱い方」と言うのは、検査や診察の時に男性ドーマーの性欲を刺激する恐れのある、彼等の興味を惹くような言動をするな、と言う意味だった。地球人類復活委員会は地球上での職場恋愛を禁止しており、コロニー人がドーマーと交際するのも禁じていた。ケンウッド自身は、職場恋愛を禁止している訳ではなかった。彼は、昔先任者のサンテシマ・ルイス・リンが立場を利用してポール・レイン・ドーマーを愛人にしたことを、今もコロニー人の恥と思っていた。執政官の中には、ドーマーをペットと勘違いしている人間がいることを否定出来ないことも、恥じていた。だから、無闇にドーマーの性欲を刺激する様な言動を執政官たちが取ることを危惧していた。
 ケンウッドは、まだ生まれたままの姿だったセイヤーズに研究所内で被験者が着用する寝間着を渡した。

「これを着て、隣の部屋に来なさい。君は外から戻ったばかりだから、暫くは中央研究所で検査浸けになる。不安を抱かないよう、検査の予定を教える。」

 セイヤーズが寝間着を受け取ると、彼は検査室から出て隣室の事務室に入った。科学者達が検査内容を記録する部屋だ。そこで彼は自らが採取した細胞の記録をして、ロボットに研究室へ運ばせた。そこへ寝間着を着たセイヤーズが入って来た。足にはサンダルだ。
捕らえられたのに抵抗したり逃げようとしないのは、やはりドーマーとして生まれた時から仕込まれているからだろう。大人しくケンウッドが座る机の対面に座った。
ケンウッドは机の上に、検査室で撮ったセイヤーズのレントゲン画像を立体的に立ち上げ、骨格や骨の組織に問題がないことを告げた。筋肉も同年齢の普通の地球人に比べれば、遙かに若い。つまり、ドーマーの肉体そのものだ。
 血液検査の結果はゴーン副長官の分析を待つだけだ、とケンウッドは言った。

「君は普通のドーマーがドームを去って一般人になると、老化が早まると言う事実を知っているだろう?」
「私が普通ではないと仰りたいのですか?」
「ああ、そうだよ。」

 ケンウッドは少し哀しそうに見えた。

「これは一部の幹部にしか開示されていない情報だが、君は進化型1級遺伝子保持者だ。
元は、宇宙飛行士が多くの知識を頭に入れる為に開発された人工的な遺伝子だ。コンピュータ並の量の情報を記憶して、しかも即座に思い出し、応用出来る能力だよ。」
「私はそんなに頭は良くありませんよ。」
「だが記憶力は並じゃないだろう。君の細胞はドーマーとして生活していた頃の情報を元に新陳代謝を繰り返している。だから、普通の地球人より老化が遅い。」
「でも、ドーマーとして歳を取っていけるでしょ?」
「それはまだ誰にもわからない。だから、観察が必要だ。」

 セイヤーズが憂いを帯びた目でケンウッドを見た。

「まさか、私を一生ここで飼うつもりじゃないでしょうね?」
「君が歳を取らないから留める訳ではない。」

 歳を取るのが遅いからドームで「飼う」と言うのであれば、それはローガン・ハイネ・ドーマー一人で十分だ。
 ケンウッドはレントゲン画像を消して、次の画像を出した。染色体だ。

「地球人が男の子しか産めなくなった理由の一つは、地球人の男が保有するX染色体が弱いからだ。それに女性のX染色体が男性のX染色体を拒否するのだ。膣内に入っても、卵子にたどり着く前に、X染色体を持つ精子はY染色体の精子より先に死んでしまう。何故そうなるのか、その謎はまだ解明されていない。ところが・・・」

ケンウッドはじっとセイヤーズの顔を見つめた。

「君のX染色体は、子供になったね?」

 セイヤーズがどきりとした表情になった。冷や汗をかき出した。彼は小さな声で反論を試みた。

「Xなのか、Yなのか、私は知りません。」
「Xに決まっているだろう。」

ケンウッドがぴしゃりと言った。

「レインのはYしか生き残れないのだから。」

 お前が18年前に何をしたか知っているぞ、とケンウッドは暗示した。彼は、両手で顔を覆ってしまったセイヤーズに、はっきりと言い渡した。

「これから、ドームは君の子供を創る。君をコロニー人の女性クローンと掛け合わせる。
ドーマーを種馬にするのは人権蹂躙だとわかっているが、君には地球人の未来がかかっているのだ。女の子が必要なんだ。進化型1級遺伝子が、強いX染色体を子孫に伝えるはずだ。」

 セイヤーズは泣いているのだろう、とケンウッドは思った。涙を流さなくても、心で泣いてる。本人には何の罪もないのに、一生を囚われの身で生きることを強いられねばならない。
 しかし、顔を上げたドーマーは、泣いてはいなかった。何か覚悟を決めた固い表情で、いきなり取引を申し出て、長官を驚かせた。

「私の息子には絶対に手を出さないでください。約束していただけるなら、私は一生貴方方の言いなりになって差し上げます。」