2018年10月13日土曜日

中央研究所  2 2 - 2

「ところで、アナトリー・ギルのことなんだが・・・」

と朝食の席でヤマザキ・ケンタロウが切り出した。ケンウッドは最近彼に教えてもらった卵がけご飯がマイブームになっていて、醤油の微妙な加減に神経を注いでいたので、上の空で「うん?」と返事した。その日の朝食は何故か4人共に日本食を選んでいた。ハイネでさえ、チーズオムレツ以外は全部和食のお惣菜で統一したのだ。ヤマザキはそのハイネに顔を向けた。

「ラナと保安課の証言があるから、セイヤーズの方は無罪と言うことで良いかな?」
「何のことです?」

 ハイネは6種類の海苔を順番に食べ比べるのに忙しかった。1番のお気に入りは山葵海苔だが、七味味も捨て難い。ヤマザキはその様子を眺め、不意に一番近い場所に置かれていた味醂味の海苔を奪い取った。アッとハイネが振り向いた時には、海苔はご飯を包んでヤマザキの口の中に消えていた。

「ドクター!」
「他人の話を聞いていないからだよ。」
「聞いていましたよ! 私の海苔・・・」
「ケンタロウの箸づかいには畏れ入るよ。」

とパーシバルが笑った。ケンウッドがゴメス課長から聞いた話を説明した。

「セイヤーズが無断で観察棟を出た直後にギル博士と出会したんだ。ギル博士の方からセイヤーズに絡んで、いきなり彼の腕を掴んだと言う話だ。」
「いきなり?」

 パーシバルの声に可笑しそうな響があった。ダリル・セイヤーズ・ドーマーに「いきなり」はご法度だ。それはパーシバルがアメリカ・ドームに勤務していた時代の執政官なら常識だった。セイヤーズは能天気で普段はぼーっとしている。だから、いきなり他人に体に触れられるとびっくりして反射的に相手を殴ってしまう悪い癖があった。
 ハイネが真面目な顔でケンウッドに確認した。

「セイヤーズはギル博士を殴ったのですね?」
「うん。顔面ストレートだ。」

 うわぁっとパーシバルが自身の鼻を手で抑えた。ハイネも顔をしかめた。どちらもアナトリー・ギルが経験した痛みを想像したのだ。ヤマザキがギルの傷の状況を説明した。鼻腔骨骨折だが、大きな損傷ではないので、骨の整形と痛み止めで、後は自然に治癒させる、と。
 
「副長官と保安課員の証言で、先に手を出したのがギルなので、セイヤーズにお咎めなし、とゴメス少佐がギルに言い聞かせた。セイヤーズが勝手に外に出たことは、ギルの負傷と直接関係ないからね。元々ギルはセイヤーズを見に観察棟へ行くところだったそうだ。」
「セイヤーズを見る?」
「レインのファンクラブ代表として、レインの恋人を牽制したかったのだろう。あまりレインの気持ちを乱すな、と。他のファンクラブのメンバー達はギルの独走だと言って彼に同情していない。」
「ギル博士にも困ったものだよ。」

とケンウッドは思わず愚痴をこぼした。

「外から帰ったばかりのドーマーは休ませなければいけないのに、彼は自分の部屋へレインを連れ込んだらしいのだ。レインが何も言わないので、地球人保護法に違反したかどうか、こちらは判断出来ないしね。」

 するとハイネが言った。

「ギル博士は何も違反なさっていません。違反すれすれではありますが。もし違反すれば、レインははっきり私かフォーリー・ドーマーに報告します。泣き寝入りだけはしないと、彼も若い頃の体験で懲りていますから。」

 ヤマザキがニヤッと笑った。

「そうなんだ。だから、ギルはセイヤーズを告発しない代わりに彼が先に手を出したことを内務捜査班に目こぼしてもらう条件を呑んだのさ。」

 パーシバルが深い溜め息をついた。

「ファンクラブも落ちたもんだなぁ・・・」