2018年10月4日木曜日

捕獲作戦  2 2 - 6

 ケンウッドは研究着に袖を通すのは何年振りだろうと思った。白衣を着て、帽子とマスクを装着し、第一検査室に入った。手術室並の設備が整った部屋で、中央の検査台に男の裸体が横たわっていた。ケンウッド同様マスクと帽子、白衣のヤマザキ・ケンタロウが男の顔にかかった髪をそっと払ってやっているところだった。
 「ヤァ」とヤマザキがケンウッドを見て声を掛けた。

「セイヤーズは健康そのものだよ。放射能の影響も細菌感染もしていない。日焼けして、肌の老化が同じ年代のドーマーより少々早いがね、それでも外で育った一般の地球人よりはずっと若い。」

 ケンウッドはセイヤーズの顔を覗き込んだ。彼等は互いにそれほど親密な関係ではなかった。普通に訓練所の教官と生徒の間柄だったのだ。それでもセイヤーズは印象に残る生徒だった。発想が斬新で、悪戯好き、たまに授業を脱線させて困らせてくれたが、迷惑を掛けられた記憶はなかった。赤味を帯びた金髪と深い緑の目の綺麗な少年だった。今はすっかり逞しい大人の顔になっているが。

 やはり外の生活で相当苦労したのだろうな・・・

 苦労してもドームに戻る気持ちになれなかったのだ。サンテシマから受けた仕打ちがこのドーマーの心を深く傷つけていたに違いない。

 もう安心だ、ここで君を虐める者はいなくなった。これから自由を束縛されてしまうだろうが、安全な生活を保障してやる。

 ケンウッドは心の中でセイヤーズに話しかけた。
 ヤマザキが手袋を脱いで部屋の隅で手を洗っていると、ドアが開いて2人の男が入ってきた。どちらも白衣とマスクを着けているが、帽子は被っていなかった。背が高い方が真っ白な髪のローガン・ハイネ・ドーマーで、低いがっしりした体格の男がジョアン・ターナー・ドーマーだった。遺伝子管理局長とドーム維持班総代表だ。執政官達がこれから捕縛したドーマーにすることを監視するために現れたのだ。
 ヤマザキが彼等にも「ヤァ」と声を掛け、ケンウッドを振り返った。

「それじゃ僕は退場する。遺伝子学者達を呼び込んで良いかね?」
「うん。頼む。」

 ヤマザキはドーマーの代表者達に、おやすみ と言って部屋から出て行った。
 ケンウッドはハイネとターナーを見学者席に案内した。

「18年間外の世界で暮らしたドーマーの体細胞組織を検査する。今迄にも元ドーマー達からサンプルを提供してもらっていたが、今回は進化型1級遺伝子保有者だ、どの学者も興味を抱いている。彼のどこが他の地球人と違うのか調べるのだ。」

 ケンウッドの説明に、2人のドーマーは頷いただけだった。検査され、調べられるのは、ドーマーの仕事だ。駄目とは言えなかった。
 遺伝子学者達が入室して来た。男女の別はわかるが、マスクと帽子で識別が難しい。彼等同士もわかりにくいので、ネームプレートを胸に付けていた。
 一同が並んでドアが閉じられると、ケンウッドはセイヤーズの体の上空に三次元画像を出した。検査項目のリストだ。検体を採取する体の部位、検査の目的、担当者がリストアップされていた。

「検体を採取した者から順次各部署で分析に取り掛かること。余分な細胞、専門外の検体は採らないこと。ドーマーに苦痛を与えないこと。採取によって生じる傷は最小限に抑えること。」

 注意事項を述べたのは、ラナ・ゴーン副長官だった。各研究者達の目をさっと見て、彼女は頷くと、ケンウッドに向き直った。

「ダリル・セイヤーズ・ドーマーの検体採取を開始します。」

 ケンウッドは見学者席を見た。ハイネが頷いたのを見て、ターナーも頷いた。若い総代表には初めての経験だ。ちょっと緊張していたが、ハイネは無視した。何も怖いことはない。セイヤーズも痛みを感じない筈だ。
 ケンウッドはドーマーの代表達から拒否権発動がなかったので、執政官達に向き直った。

「では、開始する。」