深夜、日付が変わる迄会議をしていた執政官達は、翌朝の始業時間を1時間繰り下げた。ケンウッド長官とゴーン副長官も疲れていたので、朝食はお気に入りの一般食堂ではなく中央研究所の方を利用した。逮捕した脱走ドーマーを生体解剖よろしく検査攻めにした後で、少々ドーマー達に後ろめたさも感じていたのだ。
会議の内容は、セイヤーズが要求した事案だった。セイヤーズが一生大人しくドームの中で研究に協力する代償として、クローンの息子にドームは手を出さない、と言う要求だ。執政官達は、セイヤーズのX染色体を確実に受け継いでいるであろう息子の存在に興味を示したが、それでも遺伝子組み換えのクローンであることにこだわった。
大事な地球の未来を、遺伝子組み換えの人間の遺伝子に託したくない、と言うのだ。進化型1級遺伝子は組み換えの結果ではないのか、とケンウッドは言ったが、多くは慎重論を唱えた。進化型1級遺伝子保有者のローガン・ハイネの子供は作っていない。少なくとも、地球人としての子供は作ったことがない。セイヤーズの子供はまだ成人の確認を取れていないが、ラムゼイが売却した子供が異常だったと言う報告は現況では聞かないので、安全かと思える。取り敢えず、ダルフーム博士の分析結果を待って、普通の子供が誕生出来るのであるなら、セイヤーズの子供、女の子を作って行こう、と言うのだ。
だから、セイヤーズのクローンの息子は監視対象に置き、ドームの研究には使わない。
ケンウッドは渋々多数決の結果を受け入れた。
私は少し焦っているのかも知れないな。ダルフーム博士が年齢を意識されている様に、私もそろそろ頭の働きが鈍くなっているのだ。
食欲がなかったが、少しずつ食べ物を口に入れていると、ハイネから端末にメッセが入った。セイヤーズは起床して機嫌良く朝食に出かけたとあった。ケンウッドは思わず苦笑した。隣に居たゴーンが、「何か良いことでも?」と尋ねたので、画面を見せた。ゴーンも複雑な微笑を浮かべた。
「セイヤーズは反抗するつもりはなさそうですね。」
「ドーマーは目上の者や執政官に逆らうことを罪の様に感じているからね。私はそのこと自体に罪を感じるよ。」
ケンウッドのコメントに、ゴーンはチラリと長官を見たが、何も言わなかった。
彼等は離れたテーブルにいる若い執政官のグループに視線を向けた。そこにスーツ姿のポール・レイン・ドーマーが混ざっていた。疲れた表情で、無口で機械的に食事をしているが、彼を取り囲む執政官達はご機嫌だ。ファンクラブだ。中心にいるのはアナトリー・ギルと言う遺伝子学者で、彼等は昨夜の検査や会議には参加して居なかった。それぞれの研究室の責任者ではないからだ。レインは遺伝子管理局本部で局長に直接報告を行った後、アパートに帰らなかったらしい。恐らくギルに無理矢理相手をさせられたのだ。ギルはレインを自分の恋人の様に扱う。地球人保護法違反すれすれで接するので、注意を与えづらい。レインも執政官の機嫌を取ると得なこともあると心得ているので、幹部に訴えもしない。サンテシマの時と同じじゃないか、とケンウッドは内心苦々しく感じていた。
「ギルには後で厳重に注意しておきます。でも、どうしてレインはギルに逆らわないのでしょう。」
隣でゴーンが呟いた。ケンウッドも独り言のふりをして返答した。
「あの男は根本的に寂しがり屋だ。ゴマすりと誤解されているが、彼は自分を守ってくれそうな人間の機嫌を損ねるのは損だと本能的に判断している。
それに、彼は溜めたストレスを他人の肌に触れることで解消しなければ眠れないのだ。」
フン、とゴーンが鼻で笑った。
「ベッドでは頭が空っぽの科学者たちが、格好のストレス解消の道具だと言うことですね。でも、アナトリーが彼に平安を与えてくれるとは思えませんわ。」
「恐らく、彼はこの18年間、平安と無縁だったのかも知れないな。」
恋人を取り戻したことが、レインの心の平和にプラスになれば良いが、とケンウッドは願った。
会議の内容は、セイヤーズが要求した事案だった。セイヤーズが一生大人しくドームの中で研究に協力する代償として、クローンの息子にドームは手を出さない、と言う要求だ。執政官達は、セイヤーズのX染色体を確実に受け継いでいるであろう息子の存在に興味を示したが、それでも遺伝子組み換えのクローンであることにこだわった。
大事な地球の未来を、遺伝子組み換えの人間の遺伝子に託したくない、と言うのだ。進化型1級遺伝子は組み換えの結果ではないのか、とケンウッドは言ったが、多くは慎重論を唱えた。進化型1級遺伝子保有者のローガン・ハイネの子供は作っていない。少なくとも、地球人としての子供は作ったことがない。セイヤーズの子供はまだ成人の確認を取れていないが、ラムゼイが売却した子供が異常だったと言う報告は現況では聞かないので、安全かと思える。取り敢えず、ダルフーム博士の分析結果を待って、普通の子供が誕生出来るのであるなら、セイヤーズの子供、女の子を作って行こう、と言うのだ。
だから、セイヤーズのクローンの息子は監視対象に置き、ドームの研究には使わない。
ケンウッドは渋々多数決の結果を受け入れた。
私は少し焦っているのかも知れないな。ダルフーム博士が年齢を意識されている様に、私もそろそろ頭の働きが鈍くなっているのだ。
食欲がなかったが、少しずつ食べ物を口に入れていると、ハイネから端末にメッセが入った。セイヤーズは起床して機嫌良く朝食に出かけたとあった。ケンウッドは思わず苦笑した。隣に居たゴーンが、「何か良いことでも?」と尋ねたので、画面を見せた。ゴーンも複雑な微笑を浮かべた。
「セイヤーズは反抗するつもりはなさそうですね。」
「ドーマーは目上の者や執政官に逆らうことを罪の様に感じているからね。私はそのこと自体に罪を感じるよ。」
ケンウッドのコメントに、ゴーンはチラリと長官を見たが、何も言わなかった。
彼等は離れたテーブルにいる若い執政官のグループに視線を向けた。そこにスーツ姿のポール・レイン・ドーマーが混ざっていた。疲れた表情で、無口で機械的に食事をしているが、彼を取り囲む執政官達はご機嫌だ。ファンクラブだ。中心にいるのはアナトリー・ギルと言う遺伝子学者で、彼等は昨夜の検査や会議には参加して居なかった。それぞれの研究室の責任者ではないからだ。レインは遺伝子管理局本部で局長に直接報告を行った後、アパートに帰らなかったらしい。恐らくギルに無理矢理相手をさせられたのだ。ギルはレインを自分の恋人の様に扱う。地球人保護法違反すれすれで接するので、注意を与えづらい。レインも執政官の機嫌を取ると得なこともあると心得ているので、幹部に訴えもしない。サンテシマの時と同じじゃないか、とケンウッドは内心苦々しく感じていた。
「ギルには後で厳重に注意しておきます。でも、どうしてレインはギルに逆らわないのでしょう。」
隣でゴーンが呟いた。ケンウッドも独り言のふりをして返答した。
「あの男は根本的に寂しがり屋だ。ゴマすりと誤解されているが、彼は自分を守ってくれそうな人間の機嫌を損ねるのは損だと本能的に判断している。
それに、彼は溜めたストレスを他人の肌に触れることで解消しなければ眠れないのだ。」
フン、とゴーンが鼻で笑った。
「ベッドでは頭が空っぽの科学者たちが、格好のストレス解消の道具だと言うことですね。でも、アナトリーが彼に平安を与えてくれるとは思えませんわ。」
「恐らく、彼はこの18年間、平安と無縁だったのかも知れないな。」
恋人を取り戻したことが、レインの心の平和にプラスになれば良いが、とケンウッドは願った。