2018年10月17日水曜日

中央研究所  2 2 - 5

「ポール兄さん!」

 キャリー・ワグナー・ドーマーが声をかけてきた。精神科の医師だから医療区に居ても当然なのだが、レインは何故かドキリとした。キャリーの声が少し緊張感を孕んでいたからだ。副長官は俺に精神カウンセリングでも受けさせるつもりか?と疑った。
キャリーが近づいた彼に、305号室へ行くように、と告げた。

「後で副長官もお見えになりますからね。」

 ポール・レイン・ドーマーは副長官が苦手だった。ラナ・ゴーンはいつも彼の弱点を突いてくる。だから彼女の意見には反論が出来ない。それにしても、病室で会見するのだろうか?
 305号室の前には、保安要員が立っていて、彼を認めると頷いてドアを開けてくれた。 レインは疑問を口にすることなく、室内に入った。
 ベッドの上にダリル・セイヤーズ・ドーマーが横たわっていた。そのやつれ具合に、レインはギョッとした。2週間前、最後に彼を見たのは中央研究所の食堂だ。あの時のセイヤーズは元気そのもので、女性たちと世間話をしていた。
 セイヤーズは半眼を開いてぼんやり天井を見ていた。レインが近づいても反応しない。レインは不安に襲われた。一体、どうしてしまったんだ? 彼は恐る恐る声を掛けた。

「やぁ、ダリル・・・」

 セイヤーズが首をわずかに動かして、視線を彼の方へ向けた。それっきり反応がない。
俺がわからないのか? レインの不安は急激に恐怖へと変化しかけた。
その時、セイヤーズが瞬きした。

「ポール?」

夢を見ている様に呟き、それから自身の声で目が覚めたかの様に、目を大きく開いた。

「ポール!」

やせ細った腕で体を支えて起き上がろうとしたので、レインは駆け寄って抱き起こした。

「どうしたんだ、一体・・・?」

すると、セイヤーズが彼の肩にしがみつきながら、微かに笑った。

「へまをやった・・・」

悪戯を失敗した子供みたいな笑みだ。
 病室のドアが開いたが、レインは気にせずに彼にキスをした。今、2人を引き離そうとする者がいても、梃子でも離れないからな。そんな気分だった。
 咳払いが聞こえて、セイヤーズの方から唇を離した。 レインは気配で、ラナ・ゴーンの入室を悟った。 セイヤーズの顔から目を離さずに尋ねた。

「いつから、こんな状態なんです?」

このやつれ具合は昨日今日のことではない。セイヤーズはずっと具合が悪かったはずだ。それなのに、誰も教えてくれなかった。

「2週間前からです。」

 ラナ・ゴーンが答えた。心なしか、安堵した声だった。