2018年10月16日火曜日

中央研究所  2 2 - 4

 衛星データ分析官アレクサンドル・キエフ・ドーマーは絶不調だった。ポール・レイン・ドーマーのストーカーとして悪名高いこの若い部下は、レインが元恋人を取り戻したと先輩に聞かされて以来、言動がおかしくなった。
 仕事では実に優秀な男なのでレインは使っているのだが、出来るだけ接触は避けている。それがキエフを苛立たせる。キエフの苛立ちは、他の部下にも悪影響を与えた。誰もがチーフ・レインの不機嫌を恐れるし、キエフと同席するのを嫌がるし、でチーム内に不協和音が出来ていた。
 副官ワグナーは流石にこの事態を憂慮し、ハイネ局長にこっそりと注進した。

「チーフ・レインが精神的に不安定になっています。局長命令で休ませて下さい。」

 ハイネは、レインに命令を与えようとしたが、レインはそれより早く第5チームと出動してしまった。 局長はじっくり考えてから、副長官に相談をもちかけた。
 ライサンダーと4Xが行方不明になってから2週間経とうとしていた。
 ポール・レイン・ドーマーと第5チームは今回も空振りで帰投した。 ただ今回は1つだけ収穫があった。葉緑体毛髪を持つ少年が30代半ばの男と2人でニューシカゴ近くの街で買い物をしていたと言う目撃情報があったのだ。レインは目撃者と面会し、少年の人相を尋ねた。ライサンダーの写真がないので確証はないのだが、本人と思われた。
同伴していた男の人相もついでに尋ねて記録しておいた。 第5チームのチームリーダーが、その男の人相を聞いて、ちょっと心配した。

「ラムゼイの腹心と言われている秘書のパーカーに似ていますよ。」

ライサンダーはラムゼイに拾われたのか? レインは考えた。 ライサンダーがラムゼイに創られたクローンだと言う予想はついていた。同性の染色体だけで子供を創る高等技術を持つメーカーなど、他にはいない。 ラムゼイは自分の作品を取り戻しただけなのだ。
 ドームに戻ったレインは、執政官のアナトリー・ギル博士が顔を腫らしているのを見かけた。鼻の上に湿布がしてある。そんな目立つ治療法をこれ見よがしにするのは、ヤマザキ・ケンタロウだ。故意に目立つ絆創膏や包帯を使用して、周囲に「こいつは怪我人だから労ってやれ」とアピールすると同時に、「こいつはこんな怪我をするドジです」と宣伝しているのだ。
 
「ギル、その顔はどうした?」

 仕事以外でレインからファンクラブのメンバーに声を掛けるなんて、滅多にないことだ。しかし、その光栄な出来事にギルは喜ぶ気配もなく、ぶっきらぼうに「転んだだけだ」と言って足早に去った。
 なんだ? とレインが訝しく思った時、端末にメッセージの着信があった。見ると副長官からで、手が空いたら医療区に来て、とあった。
 レインは夜食は止めにしてその足で医療区へ出向いた。自身の健康問題に誰かがいちゃもんを付けたのか? その程度の思いだった。
 夜の医療区は静かだと思っていたが、存外雑然としていた。出産は夜が多い。スタッフが昼間と変わらず忙しく歩き回っていた。