2017年9月17日日曜日

後継者 4 - 10

 お昼になると、ペルラ・ドーマーとセルシウス・ドーマーの2人の秘書は前後してほぼ同じ頃に休憩に入った。ハイネはセルシウスの端末にメールを入れた。

ーーグレゴリーは今何処だ?

 多分、セルシウスは何故局長は本人の端末に電話しないのかと疑問に感じただろう。しかしすぐ返信が来た。

ーー一般食堂です。
ーー有り難う。

 ハイネは執務室を出た。いつもより早い休憩に、遺伝子管理局本部ロビーの受付係がちょっと驚いていたが、ハイネは何も言わずに「昼休憩」のチェックを入れて出かけた。そのまま真っ直ぐ一般食堂に行き、入り口から中を伺うと、ペルラ・ドーマーが南米班と中米班の局員が数名固まって座っているテーブルに混ざっているのが見えた。面子はやはり50代の年長者ばかりだ。恐らくスペイン語で喋るグループのはずだが、ペルラは英語で押し通すだろう。
 ハイネは自身の食べ物を取ると、そのテーブルに向かった。彼が子羊のチーズ載せオーブン焼きを無視したので、司厨長がびっくりして見送った。

「ローガン・ハイネ・・・一体どうしたんだ? 体調が悪いのか?」

 ハイネは無視して部下達のテーブルの隣に席を取った。ペルラ・ドーマーの背後だった。南米班の男が1人彼に気が付いたが、ハイネは指を立てて振って見せた。「俺を無視せよ」と解釈した部下は黙って仲間に向き直った。
 ペルラ・ドーマーは若い連中に質問していた。

「君等の中で内勤で部下に指図が出せる役職に興味がある者はいないかな?」
「それって、秘書ってことっすよね?」
「うん・・・地味だがね・・・やり甲斐はあるよ。」
「今朝、北米班の秘書が貴方にやり込められていましたよね?」
「もう噂が広まっているのか?」
「アッと言う間に拡散しますって!」
「普段秘書に押さえつけられてるヤツが面白がって広めるんす。」
「それは恐いなぁ・・・」

 テーブルを囲む男達が笑った。笑いながら、2,3人が隣のテーブルに誰が座っているのか気が付いた。ハイネは仕方が無く、また指を振って見せた。部下達は素直に従ってくれた。
 1人の部下がペルラに言った。

「この中にはいないっすけど、ちょっと若いグループで内勤に興味のある男がいます。」
「若い?」
「ええっと・・・」

 その男は隣の仲間を見た。

「あいつ、フルネームは何だっけ?」
「フルネーム? あいつは名前しかないよ、姓のない親から生まれたから。」

 ハイネもペルラもその返答で、誰だかピンときた。ハイネは心の中で呟いた。

 ネピア・ドーマーか?

 ペルラも確認した。

「ネピア・ドーマーのことか?」

 テーブルの一同が頷いた時、司厨長がハイネの横に立った。

「ローガン・ハイネ、なんで今日に限って子羊のチーズ載せオーブン焼きを無視するんだ?」

 テーブルを囲む部下達が、いや、食堂内に居た全ての人々が振り返った。ハイネは思わず額に手を当ててその肘をテーブルに突いた。

「後で食べるから、置いておけ。」
「否、これは焼きたてを食べる物だ!」

 ジュージュー音を立てる肉を載せた保温プレートがハイネの目の前にドンッと置かれた。ハイネは顔を伏せたまま文句を言った。

「まだ支払っていない!」
「後払いで結構、俺と貴方の仲だ。」

 司厨長はハイネの正面にどさっと座り込んだ。引退を考えているとは思えぬ血色の良い顔で局長の表情を読み取ろうと覗き込んだ。

「どこか具合でも悪いのか?」
「すこぶる健康だ。」
「では、食え!」

 局長、とペルラ・ドーマーの声がハイネを呼んだ。

「盗み聞きした罰です、司厨長のご厚意を受けて下さい。」

 ちぇっ、とハイネは心の中で毒づいた。盗み聞きしながら大好物を食べたくなかったのに・・・。
 司厨長は秘書をチラリと見て、またハイネに向き直った。

「部下の動向を探っていたなんて言わないでくれ、ローガン・ハイネ。貴方に隠密行動は絶対に無理だ。」

 だからハイネは渋々言い訳した。

「たまには部下達の日常会話を聞きたかったんだ!」

 司厨長は彼の肩をぽんぽんと叩いて、厨房に戻って行った。ハイネは彼の後ろ姿にアッカンベーをして、それから料理に向き直るとチーズ料理に襲いかかった。
 ペルラ・ドーマーがテーブルのメンバー達に挨拶して、トレイを持ってボスのテーブルに移動して来た。

「同席許可願います。」
「もう座っているじゃないか。」

 時々子供みたいになる上司に、ペルラ・ドーマーは微笑んで言った。

「候補を数名目星を付けてからお話しようと思っておりました。」

 ハイネは、ケンウッドの懸念が本当だったのだな、と内心落胆したが、表情に出さずに言った。

「教育には念を入れてかかれ。時間がかかってもかまわない。」