2017年9月15日金曜日

後継者 4 - 6

 夕食時、ケンウッドは午後6時半に一般食堂へ行った。彼は中央研究所の食堂よりこちらの方が好きだ。賑やかで、大勢のドーマー達に混ざって食べていると、耳新しい情報なども自然と得られる。ドーマー達は副長官がそばに居ても気にしないで幹部の批判をしたり、仲間同士のゴシップを喋っている。男ばかりだから、それほど姦しくもないのだが、時々大声で怒鳴り合うこともある。そんな場合はすぐに誰か腕に覚えのある者が居て止めに入る。
 食べ終わる頃にケンウッドは、物静かな男を見つけた。局長第1秘書のグレゴリー・ペルラ・ドーマーがあるグループのテーブルに近づき、仲間に加わった。局長室では、ボスのハイネが一番最後に部屋を出るので、秘書が先に仕事を終える。第2秘書のジェレミー・セルシウス・ドーマーはまだジムで運動中らしい。グループは遺伝子管理局の中堅局員達で40代から50代後半の男達だ。チームリーダーと呼ばれる幹部ではなく、平の局員ばかりで、内勤の日らしい。遺伝子管理局の局員は普通2日支局巡りで外勤務をして、1日抗原注射効力切れ休暇を取り、3日間内勤で集めた申請書などの審査をする。彼等の1週間は6日なのだ。ペルラが加わったのは内勤中の局員なので上着なしのラフな姿だった。彼等もジムから戻ったところだ。
  ケンウッドは何となく違和感を覚えた。何がどうなのか説明出来ないが、いつもと違う様な気がした。それでゆっくりと食べて、食べ終わるとテーブルに「使用中」のタグを置いてデザートを取って来た。秋が近づいているせいか、葡萄のゼリーを使った冷菓だった。ふとパーシバルとの別れ迄一月切ったことを思い出し、彼は寂しく感じた。
 ドーマーのグループもそろそろ食事を終える頃で、2人ばかりが仲間に何か言って席を立った。トレイを返却カウンターに持って行き、1人はそのまま食堂から出て行った。もう1人はカフェイン抜きの珈琲を取り、ケンウッドの所へやって来た。

「副長官、今晩は。」
「今晩は、カシアス・ドーマー。」

 目で同席の許可を求めて来たので、ケンウッドは頷いて見せた。カシアス・ドーマーは博士の正面に座った。

「パーシバル博士は今日は一緒じゃないんですか?」
「うん、私の仕事が手間取ってね、置いてきぼりを食ったのさ。」
「あの先生はお腹が空くと我慢出来なくなる人だから。」

 2人は静かに笑った。

「僕等、あの先生が好きです。どうしても月へ行かれるのですか?」
「重力障害でね、彼は運動嫌いだったのだが、それが災いしてしまった。病気でなければ彼は死ぬまで地球に残ると言うだろうが・・・」
「ファンクラブを作ってもらった若手達は本当に寂しがっています。ポール・レイン・ドーマーはずっと不機嫌です。セイヤーズがまだ見つからないのに、パーシバル博士までいなくなるなんて。」
「レインは芯は強いから大丈夫さ。」
「あの男は甘えん坊なんですよ。」
「ヘンリーには安心して甘えられるか・・・」
「あの先生は見返りを求めませんから。」

 だろうな、とケンウッドはまた笑った。パーシバルは美男子好きだが、言葉を交わせれば満足出来る男だ。それ以上は求めない。相手の体に触ったり、私生活に口を出したりしない。だからドーマー達は安心してパーシバルに近寄っていく。
 ケンウッドは話しの流れに乗って、今さきまで気になっていたことを尋ねてみた。

「ペルラ・ドーマーは君達とよく一緒に食事をするのかね?」

 カシアス・ドーマーが先刻まで自身が座っていたテーブルに目を向けた。

「いいえ、あの方は僕等より10歳以上年上ですから、普段は同じ世代の方と一緒のはずです。今夜は突然声を掛けて来られたので、正直なところ僕は驚いたのです。」

 通常、遺伝子管理局の秘書は平のドーマーが採用される。現役時代の有終の美を飾る職場と陰口を叩かれるが、現役局員時代の内勤が上司の採点基準になっているのは確かだ。仕事ぶりを見て、上司達は誰が秘書業に向いているか判定する。秘書は班チーフ、チームリーダーやその副官に各1名認められている。身分的には平だが権限は幹部級だから、多くの遺伝子管理局員にとってはチームリーダーと同じぐらい憧れの地位だ。しかし、仕事内容が地味なので目立たない。
 局長秘書ともなれば、格は班チーフに匹敵する。秘書達の中で中央研究所の食堂を単独で利用出来るのは局長秘書の2人だけだ。平の局員からすれば、声を掛けてくれることも滅多にない人なのだ。それが今夜は同じテーブルに着いて一緒に食事をしたので、カシアス・ドーマーも訝しく思っていた。
 ケンウッドはさらに質問してみた。

「彼はどんな話題を持って来たのかな?」
「話題ですか? 特に・・・報告書のまとめ方の上手いヤツとか、上司の動向を見て次の指図を見当付けるのが上手いヤツとか、そんな話を僕等から聞き出そうとしてましたね・・・なんだか変だな・・・」