2017年9月17日日曜日

後継者 4 - 12

 バーは金曜日以外ドーマーが立ち入ることが出来ない場所だ。午後6時に開き、深夜の2時に閉店する。バーテンダーはコロニー人で、宇宙から取り寄せた酒だけでなく、地球上の伝統ある多種多様な酒が置かれている。
 ケンウッドが入店すると、リプリー長官は隅っこの目立たないボックス席に独りで座ってたった1杯のカクテルとつまみ少々を前に置いていた。ケンウッドは同じカクテルを頼み、グラスを持って長官の前に座った。

「複雑な話とは?」

 リプリーはいつも性急だ。ケンウッドは冷たい酒を一口飲んでから、尋ねた。

「何故健康なドーマーは『黄昏の家』を訪問出来ないのでしょうか?」

 リプリーは彼を見返し、暫く黙っていたが、やがて言った。

「私もそれを疑問に感じていた。」
「では、貴方もご存じない?」
「うん・・・長官から長官への申し送りかと思っていたが・・・サンテシマの前任者に問い合わせたことがあった。彼も知らないと答えた。」
「では、理由不明のまま、禁止されていたと言うことですか?」
「月の執行部にも尋ねた。そうしたら・・・」
「そうしたら?」
「意外にも、バカバカしい答えが返ってきた。」
「バカバカしい?」

 リプリーが自身のグラスから一口飲んだ。ちょっと顔をしかめたが、不味そうではなかった。アルコールの刺激が好きでないのだろう。ごくりと呑み込んでから、彼は言った。

「可愛いドーマー達に同胞の死を見せて哀しませたくないからだと・・・」

 ケンウッドは呆れた。同胞の死を看取らせてやった方が、ドーマー達はどんなに喜ぶか。まだ生きている友人に永久の別れを告げるより、ずっと優しくないか?

「何故急にそんなことを聞くのだね?」

 それで、ケンウッドはペルラ・ドーマーの引退希望の理由を説明した。リプリーは哀しそうな顔をした。

「1人、心臓が弱っているドーマーの報告を受けている。コロニーの治療法を受け付けないのだ。ドーマー達は人生の最後に地球人らしく死にたいと言う。我々の延命処置は受けたがらない。ペルラのパートナーは恐らくその男なのだろう。」
「延命処置を受けると、今度は自身がパートナーより長生きすることになります。パートナーを生かそうと思えば、また延命処置が必要です。ドーマー達の世代交代がなくなってしまう・・・彼等はそれも考慮してくれているのです・・・地球人の子孫の為に。」

 リプリーは手で自身の顔を撫でた。汗を拭ったのか、涙を誤魔化したのか。

「自由に行き来出来るようにしてやりたいが、アメリカ・ドームだけの改革で終わらせるのもどうかと思う。次の長官会議で提案しよう。」
「しかし、ペルラのパートナーの命は待ってくれるでしょうか?」
「ペルラには介護の間、あちらに居て良いと言うことにしてはどうかな? ペルラだけでなく、パートナーの居る者達全員にそれを適用してやりたいが、現在のところは彼等だけが該当者の様だ。」

 ケンウッドはリプリーが予想外に柔軟な対応をしたので内心驚いた。そうか、長官職はこの様な権限も持てるのか、と思った。

「ハイネ局長とも相談してみる。これは私に任せてもらって良いかな?」
「ええ、執政官のトップとドーマーのトップで話し合って下さい。」

 リプリーはちょっと微笑んで、グラスの中身を一気に飲み干した。そして咳き込んで、ケンウッドは背中をさすってやるはめに陥った。

「有り難う。」

とリプリーが呻く様に言った。

「何故私がハイネの秘密クラブに入れてくれと言わないか、これでわかったろう?」