2017年9月14日木曜日

後継者 4 - 5

 世代交代の時期と言うものが一気にやって来た感があった。ドーム幹部が、サンテシマ・ルイス・リン長官からユリアン・リプリーに、リプリー副長官からニコラス・ケンウッドに交代したのを手始めに、ドーム内部で多くの人々が異動した。リプリー長官による粛正でリン前長官のシンパだった人々が降格や転属させられ、新しい人が空いた地位に就いた。重力障害で引退を余儀なくされたヘンリー・パーシバルの研究室は弟子が引き継ぐことになった。新しい学者が他所から来るよりよっぽどましだ、とパーシバルは言った。
彼は研究の引き継ぎよりもドーマー達のファンクラブの運営を任せる後継者選びに苦労していた。ドーマーをただ愛でるだけの管理者は要らない、ドーマー達の健康を気遣い、仕事の便宜を図ってやれる力量のある人物でなければならなかった。
 ドーマー社会も世代交代を迎えていた。現役ドーマーの最長老ローガン・ハイネは若さを保つ進化型1級遺伝子のお陰でまだ70年はやれそうだったが、彼より年下のドーマー達はそうはいかなかった。
 ドーム維持班総代表のエイブラハム・ワッツは視力や聴力の衰えを自覚していた。コロニー人達は最新技術でそれらを補える装置があると彼に言ったのだが、ドーマー達は一般の地球人と同じ様に歳を取ることを選んだ。だからワッツは目下若い部下達にいくつか課題を与え、一番彼の満足のいく結果を出せた者を次期総代に推薦するつもりだ。
 ハイネと喧嘩をするのが生きる張り合いみたいな一般食堂の司厨長も引退を考えている。料理をするのも重労働だ。刻んだり煮込んだりするのはロボットに任せるが、仕上げは人間がする。大人数の食事を24時間体制で作るドームの食堂は、戦場みたいなものだ。次から次へとやって来る客を満足させる為に、四六時中働いていなければならない。司厨長は総監督だから、気が抜けない。だから彼はそろそろ一般食堂を卒業して「黄昏の家」で働きたいと維持班総代ワッツに申し出ていた。彼の場合、後継者候補は3名居て、誰に継がせるか、若い部下達の投票で決めたいと言ってきた。
 遺伝子管理局長室でも、世代交代の波が押し寄せて来た。
 その日、ハイネは日課の死亡者リストの最終確認をしていた。地方の役所が受け付けた死亡届けを支局が集めて本部に電送して来る。支局の担当者の局員達がそれをチェックして不審な案件がないと判断すると局長室に電送する。局長はそれをざっと目を通して承認の連絡を局員に返信する。局員は支局に承認連絡を送り、支局が「死亡認知」と「死亡証明」を役所に送り、初めて人々は「死んだ」ことになるのだ。遺伝子管理局の「認知」が出なければ、遺族は、葬儀は勿論遺産相続も出来ない。ハイネが毎日「ちょっとした一仕事」感覚でやっていることが、実は市井で暮らす人々には大変重要な意味を成すのだ。
勿論、ハイネは軽々しくやっているつもりはない。ただ彼のところに廻って来るデータは部下達が既に厳重なチェックを行った後のものだから、彼は承認印を画面で入れるだけなのだ。
 ある死亡者の名前に見覚えがあることにハイネは気が付いた。死亡届けの2重提出か? と思われたので、第1秘書のグレゴリー・ペルラ・ドーマーに、最近の北米北部班担当で過去4日間のデータの中から頭文字L・Sのリストを検出して自身のコンピュータに送ってくれないか、と声をかけた。
 珍しくペルラ・ドーマーは返事をしなかった。ハイネが秘書のスペースを見ると、ペルラ・ドーマーは忙しなく自身のコンピュータを操作している最中だった。部下の仕事を無理に中断させるのを好まなかったので、ハイネは第2秘書のジェレミー・セルシウス・ドーマーを見た。セルシウス・ドーマーは上役のペルラが局長に声を掛けられたのに無視していることが気になっていた。彼はハイネの視線を感じると、ペルラ・ドーマーに声を掛けた。

「ペルラ・ドーマー、局長がお呼びですよ。」

 2回も同じことを繰り返し、やっとペルラ・ドーマーが振り返った、

「何か言ったか、ジェレミー?」

 セルシウス・ドーマーは面食らった様子で、上役に繰り返して用件を告げた。

「局長が貴方をお呼びですが?」

 ペルラ・ドーマーはハッとした表情をした。うろたえるのを見て、ハイネは小さく溜息をついた。

「疲れているのか、グレゴリー?」
「いいえ、決してその様なことは・・・」

 ペルラ・ドーマーは目を伏せた。

「ちょっと考え事をしておりました。申し訳ありませんでした。ご用件は何でしょうか?」