2017年9月19日火曜日

後継者 4 - 14

 ハイネ局長が来るのを待って、リプリー長官は定時打ち合わせに来ていたケンウッド副長官に翌日の予定を尋ねた。ケンウッドが特に何もないと答えると、長官は局長にも同じことを尋ねた。ハイネは明日何があるのですかと逆に問い返した。

「執政官会議を開く。」

とリプリーは答えた。

「『黄昏の家』の収容者と介護人について規則を少々変えようかと思ってね。」

 リプリーが期待した通り、ハイネは直ぐに彼自身の第1秘書の引退問題だと察した。

「ペルラ・ドーマーの引退が会議の議題になるのですか?」
「彼の引退と言うより、彼が引退を希望する理由だ。」

 長官がケンウッドを見たので、ケンウッドは局長に衝撃を与えなければ良いがと心配しつつ、ペルラ・ドーマーから聞いた話を説明した。

「グレゴリーが引退を希望するのは、彼のパートナーが病気で医療区から『黄昏の家』へ移転するよう勧告されたからなんだ。」

 一瞬ローガン・ハイネが固まった様に思えた。やはり彼は秘書の私生活を知らなかったのだ、とケンウッドは思った。ドーマー達は仕事をする上ではお互いをよく理解し合っている。業務を円滑に進める為に必要だからだ。しかしその反面、私生活において互いに無関心だ。男性社会だし、ドームと言う狭い世界から出ることを許されない彼等にとって、互いの私生活に無関心でいる方がストレスが溜まらないからだ。ペルラ・ドーマーがボスの私生活を知らない様に、ハイネも部下の私生活を知らないのは当然だった。
 やがてハイネが口を開いた。

「ワッツ・ドーマーから、心臓に問題を抱えた消毒班の男を1人、『黄昏の家』に移す、と連絡を受けています。彼がグレゴリー・ペルラの相手なのですね?」
「その様だ。ゴードン・ヘイワード・ドーマーと言う名で、グレゴリーとは20年ほど一緒に暮らしていた。」

 そう言えば観察棟でハイネの世話にかかりっきりになっていたペルラ・ドーマーは一度も同居人の話をしたことがなかった、とケンウッドは思い当たった。徹底した私生活と公的生活の切り離しに、ハイネが部下の恋人を知らなかったのも当然だ。

「グレゴリーは、ヘイワードのそばに付いていてやりたいのだと私に言ったんだ。ヘイワードはあまり長くないらしい。医療区にも確認してみたが、消毒班のドーマー達は薬品の影響で心臓に問題を抱えることが多いそうだ。これは我々が検討しなければならない課題だがね。現在のグレゴリーは、パートナーの容態が何時悪化するか不安でならないのだよ。」

 ハイネが小さく頷いた。部下の現在の心情を理解したと言う意味だろうとケンウッドは解釈した。
 今度はリプリーが話しだした。

「局長、恐らくペルラ・ドーマーはまだ後継者の指名をしていないのだと思うが、違うかね?」
「仰せの通りです。」
「局長秘書の業務は急に教育して出来る仕事ではないはずだ。君には・・・我々ドームには、グレゴリー・ペルラはまだ必要な男だ。しかし、彼に恋人との最後の時間も与えてやりたい。それで、副長官と私は明日の執政官会議で、『黄昏の家』に入るドーマーの規制を少し緩和しようと提案する。収容者のパートナーに限って自由に出入り出来るようにしたい。健康でまだ仕事が出来るドーマーをあの人生の終焉を待つ為の場所に閉じ込めたくないだろ?」
「勿論です。」
「ペルラ・ドーマーの引退は、後継者が確定する迄は許可出来ない。しかし、『黄昏の家』に収容されるパートナーの元に自由に通える許可は与えられるように、規則を変えたい。」

 ハイネが軽く頭を下げた。

「よろしくお願いいたします。」