2017年9月22日金曜日

後継者 5 - 1

 執政官会議は静かだった。リプリー長官が提案した「黄昏の家」の収容者に1人だけ付き添いを認めてはどうかと言う案に異議を唱える者はいなかった。会議に出席した執政官達は皆引退するドーマー達より若かったが、仲の良い者がすぐ近くの場所に居るのに面会すら出来ないと言うドーマーの現状に心を痛めていた人々がいたのだ。
 途中、ある執政官が、付き添いを希望する者が複数現れた場合はどうするのか、と質問したが、それ迄終始黙して会議の成り行きを見守っていた遺伝子管理局長が一言、

「それは当事者の問題であって執政官の出る幕ではありません。」

と言い放ったので、質問者は沈黙してしまった。
 付き添いを許可される人間は、副長官に希望を申し出ること、と新しい規則が生まれた。付添人は収容者がこの世を去る時に医師と共に看取ることも許可されるが、葬儀に関しては従来通り出席出来ない。ドーマーの葬儀は執政官達だけで行われる厳粛な儀式であり、研究に一生を捧げてくれた地球人に対する礼を示す式典だった。
 ハイネ局長はこれらの決定に異議を唱えず、了承した。
 リプリー長官は直ぐにネットニュースを担当する放送班のコロニー人達に決定事項の原稿を作成して見せるようにと指示を出した。出来ればその日の正午のニュースに間に合わせたかった。
 会議が解散すると、ケンウッドはドーム内規則の改定の為に執務室へ急いだ。出口の所でヘンリー・パーシバルがハイネ局長を呼び止めて何か話しているのを見たが、立ち止まらずに部屋へ戻った。
 規則を一つ変えるだけで大仕事だ。「黄昏の家」に関係する全てのファイルに「付添人」と言う新規のキーワードを追加しなければならなかった。そして決定した新規の規則も付け加える。これが現在はアメリカ・ドームだけのお約束だと言う1文も忘れてはならなかった。
 副長官の清書とネットニューススタッフの原稿を合わせて校閲したリプリー長官はそれをネット上にアップすることを指示した。
 昼食時、ドーマー達はいつもの様に何気なくニュース画面を覗いて仰天した。ドームが始まってから長い間触れることが出来なかった規則が変更されたのだ。
  局長室でも昼休みに出かけようとした局長第2秘書ジェレミー・セルシウス・ドーマーが何気にニュースを開いてその報道を見た。彼は第1秘書が何を企んでいるのか、まだ知らなかったが、最近のペルラ・ドーマーの様子がいつもと違うことに気が付いていた。彼はやはり昼食に出ようとしてた先輩に声をかけてニュースを見せた。
 ペルラ・ドーマーは記事を読み、あまりにもタイミングが彼とパートナーの問題発生と重なるので、自分達のことがきっかけではないかと思った。局長を見ると、ハイネは執政官会議で開始が遅れた彼自身の業務に必至で取り組んでいた。誕生も死亡も遺伝子管理局の対応が遅れるとそれだけ市民の生活に影響が出る。ハイネの日課は地球人にとって重要な結果をもたらす仕事だった。
 ペルラ・ドーマーは尋ねたいことがあったが、ボスの業務の妨害は許されないことなので、この場は我慢することにした。

「お昼に行って来ます。」

 声を掛けると、ハイネは画面操作をしながら顔も上げずに頷いて了承を示した。
 遺伝子管理局は地球人の生と死の管理をしている。ファイルに加えたり削除するだけの事務仕事なのだが、何となく神の仕事の代理人をしている気分になることがある。ペルラ・ドーマーには、この日ほど白い髪のドーマーが神に近い存在に思えたことはなかった。