2017年9月12日火曜日

後継者 4 - 3

 ケンウッド達はハイネの次の言葉を待った。しかし、ハイネはそれきり黙ってしまった。仕方なくパーシバルが催促した。

「それで?」
「それでとは?」

とハイネ。

「それで終わりです。」
「君とキーラ・セドウィックの関係は?」
「彼女は出産管理区の執政官です。私はドーマーです。それ以上でもそれ以下でもありません。」
「しかし、ハイネ、彼女はマーサ・セドウィックの娘なのだろう? そして彼女はマーサがコロニーに帰ってから出産した子供だ。しかも、君によく似ている・・・。」

 ハイネは、うざいなぁ、と言う表情をした。

「私は井の中の蛙ですが、そこそこ宇宙では知名度があることぐらい知っています。春分祭の度に観光客がやって来て、私に話しかけます。彼等は私の母親のオリジナルを知っている、とか、遠い親戚だ、とか、白い髪の一族に会ったことがある、とか、そんな話をするのです。私に似ているからと言って、血縁関係があるとは限りません。」

 ケンウッドは不思議なものを見る気分でハイネを見た。今、ハイネはキーラ・セドウィックに対して非常に冷たい見方をしている様に聞こえた。御落胤を名乗る者を切って捨てる様な、そんな態度に思えた。それなら、しかし過去にケンウッドが見た保安課のモニター画像の中で彼が彼女に対して見せた優しい態度は何なのだろう? キーラが彼を抱き締めたり、キスをしたりしても怒らずに好きにさせていたハイネは、何を考えていたのだろう? お誕生日ドーマーとして振る舞っていただけなのか?
 パーシバルが臍曲がりのドーマーに辛抱強く語って聞かせた。

「地球人の女性に女の子が生まれないのは事実だ。しかし、彼女達はクローンだ。恐らくクローンであることに女子が生まれない原因があると推測されているが、まだ何が良くないのか発見に至っていない。
 一方、コロニー人の女性は地球人の男性との間に女子を生める。ただ、彼女達は生まれた子供を地球人にしたくない。地球の汚染が人間の寿命を縮め、女子を生めなくしたのは事実だからだ。だからコロニー人の女性は地球人と結婚しないし、子供を地球人に渡さない。
 これは僕の勝手な憶測だから、この後で忘れてもらってもかまわないが、マーサ・セドウィックは君の子を身籠もってしまったのだ、きっと。彼女は子供を産みたいと思い、しかし地球人には渡したくなかった。そして恐らく地球人類復活委員会にも知られたくなかったんだ。何故なら、子供の父親は君だからさ。委員会はドームに閉じ込めて大事に育てているドーマーに子供が出来れば、きっとその子も欲しがるはずだ。進化型1級遺伝子保有者の子供だからね。
 だからマーサは誰にも知らせずに出産してシングルマザーとして子供を登録し、育てたんだ。そして子供だけには、地球にいる父親のことを語って聞かせたのだろう。それでキーラは大人になってから地球に下りて来た。
 彼女は分別を持っているだろう? きっと母親からドーマーがどんな家族観を持たされて育つのか、聞かされていたのさ。だからコロニー人の娘が父親に対するような甘え方を彼女はしない。友達として付き合っている、そうだろう、ハイネ?」

 ローガン・ハイネ・ドーマーは溜息をついた。

「ドーマーは子供を持つことを許されないのです、ご存じですよね? 子供を持ちたければドームから出なければならない。しかし、私は一歩でも外へ出ることを許されなかった。ですから、子供だと名乗られても困るのです。どの様に扱って良いのか、わからないのです。」

 ケンウッドはパーシバルとヤマザキの2人と顔を見合わせた。ハイネは心の奥ではキーラを我が子と認めているのだ。だがドーマーとして育った男達は子供を持った経験がない。先例がないので、ハイネは何をどうして良いのかわからぬまま、30年キーラと友人関係を保ってきた。周囲が彼女に余計な興味を持たぬ様に、細心の注意を払いながら。

「今のままで良いんじゃないか。」

とケンウッドが言った。

「彼女とずっと友達のままでいたまえ。彼女もそれ以上は望んでいないはずだ。大人なのだし、仕事仲間でもあるのだから、親子の情は却って邪魔だろう。」
「一つ、僕から注意したいことがある。」

とパーシバルがハイネに言った。

「春分祭の夜、僕が倒れて、彼女が君に救援を要請した時だ。彼女が君を『お父様』と呼んだような記憶がある。もし事実なら、彼女にそれは止めさせろ。他人が冗談だと思ううちは良いが、真実だと気づいたら、噂はすぐに広まる。」