食べた物が胃の中でこなれてきた様なので、ケンウッドはやっと重い腰を上げてジムに行こうとした。立ち上がってトレイを持ち上げたところへ、ハイネ局長とクロエル・ドーマーを引き連れたヤマザキ医師が食堂に入ってきた。和やかな雰囲気が漂っていた。ケンウッドは運動をさぼる口実を発見した思いで、また椅子に座った。空席を探してこちらを見たヤマザキに手を揚げて見せると、医師は頷いた。
ケンウッドは「使用中」のタグをテーブルに置いてトレイを返却し、新しい珈琲を取って席に戻った、ほどなくヤマザキ達がやって来た。これからディナーのハイネは肉料理に野菜たっぷりのスープ、ヤマザキは米を使った香辛料の利いたスープ、ディナーを済ませたクロエルはチェリーパイと珈琲だった。この3人はどんな状況で出会ったのだろうと思いつつ、ケンウッドは「やぁ」と声を掛けた。
「クロエル・ドーマーの髪が濡れているところを見ると、水泳の後かな?」
「ご明察。」
ハイネが答えた。先に喋っておかないと、クロエルとの勝負で無理をしたとヤマザキから告げ口されると思ったのだ。 彼は若者を振り返って言った。
「速く泳ぐので、年寄りはついて行けなくて・・・」
「局長も速かったっす。」
クロエルの話し方はいつもリズミカルだな、とケンウッドはふと思った。ハイネがオペラなら彼はラップだ。
白いドーマーと珈琲色のドーマーが並んで泳いでいたのか、とケンウッドはちょっと想像してみた。
遺伝子管理局の中堅局員グループは既に解散して食堂から姿を消していた。今テーブルに居るのは主に維持班のドーマー達だ。時間的にハイネを見かけることはあってもクロエルにはあまり出会う機会がないので、ちょっと注目を集めた。クロエルは南米班なので、外勤に1回出ると1週間はドームに戻って来ない。だから彼の姿を見られて喜んでいるファンもいるのだ。陽気で可愛らしい若いドーマーは既にアメリカ・ドームの新しい人気者になっていた。
クロエル本人はハイネを何度も見る。ケンウッドはそれに気が付いた。
「クロエル・ドーマーは局長のファンなのかな?」
「当然でっしょ!」
とクロエルが力強く答えた。
「局長はいつも全力で僕ちゃんの相手をして下さいます。手加減なさらないから、僕ちゃんすっごくやる気出ます。」
「君にやる気出されちゃ、こっちは心配でならないよ。」
とヤマザキがぼやいた。
「ハイネが83歳だって覚えておいてくれないか、坊や。」
「は・・・83?! 80じゃなくて?」
クロエル・ドーマーが目をピンポン球みたいに見張ったので、ケンウッドとハイネが大笑いした。クロエル自身も笑いながら、長老に謝った。
「でも83歳の人が食べる量じゃないっすね?」
「そうか? 歳を取ると満腹感を覚えなくなるそうだ。」
ハイネの冗談に医者が渋い顔をした。彼はハイネの振る舞いが時々本当に年齢からくる衰えが原因なのか冗談なのか判断出来なくて困惑させられるのだ。
ケンウッドはヤマザキほどには心配していないが、それでも気遣いはした。
「ハイネ、医者を虐めては駄目だよ。」
ハイネは眉を上げて見せた。何故叱られるのだ、と言いたげだ。ケンウッドはもうそれぐらいで許してやろうと思ったので、先刻まで近くに居た彼の部下の話題を出した。
「さっき迄ペルラ・ドーマーがそこで食事をしていたんだ。遺伝子管理局の中堅局員達のグループが先に来ていたのだが、彼はそこへ入って行った。後で1人が私のテーブルにご機嫌伺いに来てくれたので、グレゴリーが何の話をしたのか聞いてみたんだ。彼にしては若い連中の集まりに入って行くのが珍しく思えてね。」
ハイネが口をはさまなかったので、ケンウッドは続けた。
「グレゴリーは局員達に、報告書のまとめ方が上手いヤツや上司の行動の先読みが上手いヤツを聞き出そうとしていたそうだよ。」
ハイネが食事の手を一瞬止めたが、すぐに動きを再開した。彼は肉をよく嚼んで呑み込んでから感想を述べた。
「それは一大事です、副長官。」
ケンウッドは「使用中」のタグをテーブルに置いてトレイを返却し、新しい珈琲を取って席に戻った、ほどなくヤマザキ達がやって来た。これからディナーのハイネは肉料理に野菜たっぷりのスープ、ヤマザキは米を使った香辛料の利いたスープ、ディナーを済ませたクロエルはチェリーパイと珈琲だった。この3人はどんな状況で出会ったのだろうと思いつつ、ケンウッドは「やぁ」と声を掛けた。
「クロエル・ドーマーの髪が濡れているところを見ると、水泳の後かな?」
「ご明察。」
ハイネが答えた。先に喋っておかないと、クロエルとの勝負で無理をしたとヤマザキから告げ口されると思ったのだ。 彼は若者を振り返って言った。
「速く泳ぐので、年寄りはついて行けなくて・・・」
「局長も速かったっす。」
クロエルの話し方はいつもリズミカルだな、とケンウッドはふと思った。ハイネがオペラなら彼はラップだ。
白いドーマーと珈琲色のドーマーが並んで泳いでいたのか、とケンウッドはちょっと想像してみた。
遺伝子管理局の中堅局員グループは既に解散して食堂から姿を消していた。今テーブルに居るのは主に維持班のドーマー達だ。時間的にハイネを見かけることはあってもクロエルにはあまり出会う機会がないので、ちょっと注目を集めた。クロエルは南米班なので、外勤に1回出ると1週間はドームに戻って来ない。だから彼の姿を見られて喜んでいるファンもいるのだ。陽気で可愛らしい若いドーマーは既にアメリカ・ドームの新しい人気者になっていた。
クロエル本人はハイネを何度も見る。ケンウッドはそれに気が付いた。
「クロエル・ドーマーは局長のファンなのかな?」
「当然でっしょ!」
とクロエルが力強く答えた。
「局長はいつも全力で僕ちゃんの相手をして下さいます。手加減なさらないから、僕ちゃんすっごくやる気出ます。」
「君にやる気出されちゃ、こっちは心配でならないよ。」
とヤマザキがぼやいた。
「ハイネが83歳だって覚えておいてくれないか、坊や。」
「は・・・83?! 80じゃなくて?」
クロエル・ドーマーが目をピンポン球みたいに見張ったので、ケンウッドとハイネが大笑いした。クロエル自身も笑いながら、長老に謝った。
「でも83歳の人が食べる量じゃないっすね?」
「そうか? 歳を取ると満腹感を覚えなくなるそうだ。」
ハイネの冗談に医者が渋い顔をした。彼はハイネの振る舞いが時々本当に年齢からくる衰えが原因なのか冗談なのか判断出来なくて困惑させられるのだ。
ケンウッドはヤマザキほどには心配していないが、それでも気遣いはした。
「ハイネ、医者を虐めては駄目だよ。」
ハイネは眉を上げて見せた。何故叱られるのだ、と言いたげだ。ケンウッドはもうそれぐらいで許してやろうと思ったので、先刻まで近くに居た彼の部下の話題を出した。
「さっき迄ペルラ・ドーマーがそこで食事をしていたんだ。遺伝子管理局の中堅局員達のグループが先に来ていたのだが、彼はそこへ入って行った。後で1人が私のテーブルにご機嫌伺いに来てくれたので、グレゴリーが何の話をしたのか聞いてみたんだ。彼にしては若い連中の集まりに入って行くのが珍しく思えてね。」
ハイネが口をはさまなかったので、ケンウッドは続けた。
「グレゴリーは局員達に、報告書のまとめ方が上手いヤツや上司の行動の先読みが上手いヤツを聞き出そうとしていたそうだよ。」
ハイネが食事の手を一瞬止めたが、すぐに動きを再開した。彼は肉をよく嚼んで呑み込んでから感想を述べた。
「それは一大事です、副長官。」