2019年4月25日木曜日

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 ラムゼイのジェネシスを務めた女性、シェイは遺伝子検査を受ける期間ドームに留め置かれることになった。彼女の遺伝子を分析して、成人登録申請を出してくる若者達の中からラムゼイが作ったクローンを探すのだ。
 シェイに研究への協力を説得してくれたのは、ジェリー・パーカーだった。シェイに育ての親であるラムゼイ博士の最期を優しく説明して、その酷い死を想像させない様に気を遣ってくれた。実際、パーカーは彼女を悲しませたくなかった。それに彼自身もその場面を目撃した訳ではない。シェイも一緒に隠れていた運転手の男が街で集めた情報でラムゼイ博士が突然亡くなったことは知っていた。彼女は博士を懐かしんだが、悲嘆に暮れることなく、「これからの人生だけを考えよう」と言うパーカーの言葉に頷いた。
 シェイは世間から隔離されて育ち、一般常識をあまりよく知らない、とパーカーは執政官に語っていたが、実際の彼女は普通の人だった。ドームの中の世界しか知らなくてもドーマーが常識を持っている様に、シェイも人としての付き合い方やマナーや思いやりを知っていた。彼女が知らないのは、他人との利害の交渉術だ。損する得をすると言った概念を彼女は持っていなかったのだ。だから外の世界で独力で生きていくのは難しいと思われた。
 ゴーン副長官は執政官会議で、シェイが研究協力者としての役目を終えた後の身の振り方を考えて欲しいと提案した。

「大らかで、子供の様にピュアな心を持った中年の女性です。ドームの外に放り出せば、忽ち邪な男達の餌食になってしまうでしょう。彼女が安全に、かつ能力を発揮出来る職場はないでしょうか?」

 すると女性執政官から質問が出た。

「彼女の得意分野は何なのですか?」

 ゴーンは少し躊躇ってから答えた。

「彼女は何が得意なのか自分でもわかっていないのですが、ラムゼイの家では長い歳月を台所仕事や家事の取り仕切りをしていたそうです。昔で言うところの、家政ですね。」

 執政官達が微かにざわついた。家事一切は維持班のドーマーの仕事で、その仕事をしているのは男性だけだ。女性ドーマーは誰もが出産管理区やクローン製造部、研究助手と言った科学的、医学的専門職に就いている。

「ラムゼイの家でも殆どの労働者は男性だったのでしょうね?」
「ええ、女性はJJ・ベーリングが加わる迄は彼女一人だけだったそうです。」
「では、彼女は厨房班で働くことになっても大丈夫でしょうか?」
「ちょっと待って!」

 別の執政官が声を上げた。

「ドームの中で働くのは、ドームで生まれ育ったドーマーとコロニー人だけと言う規則があります。古代人のジェリー・パーカーは例外ですが、シェイと言う女性はコロニーから売られて地球人として外で育った人です。規則で許可された労働者の基準が適用されるでしょうか?」
「固いことを仰るのね?」
「固いとは思いません。シェイは外の人ですよ。ドームの中で残りの生涯を過ごすより、外で自由に暮らした方が幸せでしょう? 地球の為に一生を働いて過ごすドーマーと人生の考え方は違う筈です。」

 執政官達は誰彼となく、会議の出席者で唯一人の地球人でドーマーのハイネ局長を見た。ケンウッドがハイネに声を掛けた。

「局長、君はシェイをドームに残すべきだと思うかね? それとも外に戻す方が良いのだろうか?」

 ハイネは珍しく居眠りをせずに議論の行方を見守っていたが、自身に意見を求められて少し困った表情をした。地球人ではないがコロニー人とも言えないシェイの将来について考えていなかったのだ。彼自身はまだシェイに面会すらしていない。彼は逆に副長官に尋ねた。

「パーカーはシェイが近くに居ると落ち着くのでしょうか?」
「勿論です。」

とゴーンは即答した。

「彼等は姉弟の様な間柄です。パーカーはラムゼイが殺害されたと聞かされた時、彼女も生きていないだろうと思い、絶望していました。ドームでの生活に慣れてきてもどこか投げ遣りな態度でした。でも彼女が無事に保護されてドームに収容されると、彼は活き活きし始め、表情も豊かになりました。彼女が近くに居ると安心出来る様です。」
「彼等は恋愛関係ではないのですか?」
「それは違います。パーカーも否定しています。彼等は物心ついた時からずっと一緒に暮らしてきた姉弟なのです。」
「では、シェイの方はどうですか? 彼女もパーカーと一緒に居ると落ち着いていますか?」

 するとゴーンはちょっと複雑な笑みを浮かべた。

「男女の違いかも知れませんが、シェイはパーカーが元気に暮らしていると知ると安心していました。ですが、四六時中べったりとくっついて過ごすつもりはない様ですわ。」

 その時、クローン製造部のメイ・カーティスが発言を求めた。日頃は大人しく自分から意見を言う人ではなかったので、ケンウッドは少し驚きながら発言を許可した。カーティスは長官に礼を言ってから、彼女の考えを述べた。

「シェイはずっと厨房で働いていたと言っていましたね? 彼女は一箇所に腰を落ち着け、パーカーは方々に仕事で出歩いていました。シェイは彼が元気であるとわかっているから、彼が遠くに出かけても、姿を見せなくても平気だったのでしょう。
パーカーは彼女が何処に居るかわかっていて、彼女がそこから動かないと承知しているから平気で出かけていた、そうではありませんか?
 ドームの外でも何処か近くで彼女が住んで働いていれば、パーカーは安心すると思うのです。」

 するとまた意外な人物が発言を求め、ケンウッドはまた驚いた。

「ゴメス少佐、君も意見があるのかね?」
「僭越ながら・・・」

 保安課の課長はドーマーの代表であるハイネ局長に尋ねた。

「局長、ドーム空港の航空班の寮に空港保安員も寝泊まりしていますな?」
「そうですが・・・」
「私は時々ドーマーではない彼等にも武術指導を行うのですが、彼等から聞いた話で最近航空班寮の食堂の調理師に欠員が出て厨房が大忙しなのだそうですよ。」
「そうですか・・・」

 ハイネはまた困惑した。航空班は遺伝子管理局と密接な業務関係にあるが、寮の管理は維持班の仕事だ。一般人を雇用している食堂の従業員の欠員など遺伝子管理局の関知するところではない。
 ケンウッドはゴメス少佐が言いたいことを察した。

「ドーム空港の航空班寮の厨房にシェイを雇えないか、と提案しているのだね、少佐?」