2019年4月6日土曜日

誘拐 2 2 - 9

  FOKとトーラス野生動物保護団体の両方に繋がりを持つ、セント・アイブス・メディカル・カレッジの医学部長ミナ・アン・ダウンは、取り調べ中だ。彼女は一貫してライサンダー・セイヤーズを名乗る若者に騙され、セイヤーズ誘拐計画に荷担させられたと主張している。
 トーラス野生動物保護団体は、パトリック・タン・ドーマー誘拐に関与したことを認めようとしない。遺伝子管理局がタン救出の際に撮影した画像を提示されても、知らぬ存ぜぬを貫いている。
 もっとも、この件に関しては、遺伝子管理局がタンの体に残された人間の体液や皮膚に残った指紋を提出したので、これから容疑者の特定に入るところだ。遺伝子管理局は当事者になるので、DNA鑑定が出来ない。ドーム内では既にしてしまったのだが、裁判には使えないのだ。だから、タンを暴行した犯人も判明しているのに、警察にも連邦捜査局にもその名前を教えることが出来ないし、捜査当局も尋ねることが出来ない。
 トーラス・野生動物保護団体ビルに侵入して、遺伝子管理局の3人に銃撃したジョン・モアとガブリエル・モア兄弟は黙秘している。ガラス壁に残った銃弾とジョンが所持していた銃は照合され、その銃から発射された弾丸だと鑑定された。銃にはジョンの指紋が残っている。
 献体保管室にあった2少年の遺体は遺伝子管理局によって保護されたクローンで、FOKに誘拐され行方不明となっていた子供達だと判明した。死因は窒息死だが、扼殺ではなく、酸素供給を絶たれたからだろう。彼等を運び込んだ人物や日時は不明だが、大学の記録では、3日前は献体は一体もなかったことになっている。
 警察ではビルの警備システム室の映像を押収して調べているところだ。
   ケンウッドは遺伝子管理局に警察の捜査に口出しするなとはっきりと命じた。ドームは捜査機関ではなく、メーカーの摘発以外の警察活動はしない。北米南部班チーフ、ポール・レイン・ドーマーもそこのところは理解しており、部下を傷つけられて不満はあるが命令に逆らうつもりはなかった。上層部が気がかりなのはレインの秘書ダリル・セイヤーズ・ドーマーで、彼は多くの点で事件に関わっていたので、外部の捜査機関と行動を共にしたい様子だ。保安課がセイヤーズがセント・アイブス出張所で待機している囮捜査官ロイ・ヒギンズと数回連絡を取り合っていることをハイネ局長に報告したが、ハイネは「そうか」と言っただけだった。セイヤーズが具体的な行動を起こさない限りは見守る魂胆だ。
 ハイネと何とか仲直りしたケンウッドは、気分的にやっと研究に戻れると思った。ところが、遺伝子管理局長第2秘書アルジャーノン・キンスキーから緊急連絡が入り、彼の心は再びドームの外の世界に引き込まれた。
 ドームを去って外で生活している元ドーマー達の動向をモニターしているキンスキーの連絡内容は深刻なものだった。

「ポール・フラネリー元ドーマーが、危篤状態です。」

 危篤状態の元ドーマーが自身で連絡を寄越す筈がないから、これはフラネリーがドームと関係が深いことを知っている長男で現職アメリカ合衆国大統領のハロルド・フラネリーが内密に連絡してくれたのだ。
 ケンウッドはびっくりした。フラネリーとは20年近く昔に一度会ったきりだが、面倒見の良い好感が持てる男だった。そして上院議員と言う立場をフルに活かしてドームに便宜を図ってくれた。息子のハロルドもそれを踏襲している。さらに、フラネリーはポール・レイン・ドーマーの実父だ。

「病気だったのか?」
「老衰と内臓の機能低下です。恐らく二日と保たないかと・・・」

 フラネリーは外の世界では60代か70代で通しているが、実際は80歳だ。大異変の後で短くなった地球人の寿命では長生きした部類に入る。ドームに残っていれば、もっと長生き出来ただろうが、これが彼の選択した人生だった。