2019年4月2日火曜日

誘拐 2 2 - 5

 ハイネは局長執務室に戻ると机の前に座った。早食いでその名を轟かす第2秘書のアルジャーノン・キンスキーは既に昼食から戻っていて、彼は執務室で昼寝をするつもりだったのだが、局長が戻って来てしまったので自分の机の前に座った。部屋から出て行っても昼休みなので上司は文句を言わない筈だが、なんとなく休みを取るのが悪いような気がしたのだ。ハイネの全身から怒りのオーラの様な雰囲気が発せられていたからだ。
 実を言うと、今回の誘拐事件が思いがけない方向からケンウッド長官にバレてしまったのだ。ダリル・セイヤーズ・ドーマーが無断借用した静音ヘリを管理する航空班が長官に遺伝子管理局の「横暴」を訴え出てしまった。ケンウッドは打ち合わせに現れた遺伝子管理局長にヘリコプターの使用目的を尋ね、パイロットを乗せずに飛ばした理由を尋ね、セイヤーズを外に出動させた理由を尋ね、パトリック・タン・ドーマーが何者かに拉致された事実を知ってしまったのだ。
 当然のことながら、ケンウッドはハイネを叱責した。ドーマーが危機に陥った事実を隠していたことを怒ったのだ。ハイネは言い訳をしなかった。地球の再生プロジェクトの大詰めを迎えているケンウッドの心を乱したくなかった、と言えなかった。言えばケンウッドが哀しむとわかっていた。
 黙って叱られているハイネを見ているうちに、ケンウッドは冷静さを取り戻した。ハイネも部下達も執政官に叱られるのが嫌で失敗を隠したのではない。それは彼も理解出来た。コロニー人の手を煩わせたくなくて、自分達だけで解決しようとしただけだ。実際、ハイネは告げたのだ。

「タンは救出され、数分前にゲートに到着しました。」

 ケンウッドは黙り込み、それから命じた。

「事件の経緯を報告書にまとめて提出してくれないか。それを読んでから、君達の処分を決める。」

 だからハイネは昼休み返上で報告書の作成に取り掛かったのだ。
 セイヤーズ・ドーマーとケリー・ドーマーが入室した時も彼はまだ文章を書くことに取り組んでいた。キンスキーが2名の部下を会議テーブルの前で待機させた。若いドーマー達は局長の怒りの雰囲気を感じ取り、大人しく立ったまま声をかけられるのを待った。
 たっぷり5分間待たせてから、やっと局長が声を発した。

「ジョン・ケリー・ドーマー、同僚が災難に遭ったからと言って自身を責める必要はないぞ。」
「えっ?・・・あの・・・」

 ケリーはもじもじした。

「パトリック・タン・ドーマーが攫われたのは、彼自身に油断があったからだ。君が責任を感じていると知ったら、パットの立つ瀬がないだろう。」

 ハイネは顔を上げた。緊張で顔を赤くした若いケリーの目を見た。

「今、医療区から簡単なタンの診療所見が届いた。身体的拷問を受けていた。恐らく、精神的なダメージが残るだろう暴力だ。」

 セイヤーズもケリーも彼が言っている意味を悟った。ケリーが両手をグッと握りしめた。ハイネはまた画面に視線を戻した。

「パットを哀れむな。あれは今混乱しているが、静養すればすぐに立ち直る。君が同情するのは却って迷惑だろう。君がやるべきことは彼の身に起きたことを忘れてFOKを倒すことだ。」

 ケリーは大きく息を吐いた。そうやって感情の爆発を止めた。そしてかすれた声で応えた。

「わかりました。では、これからも囮捜査に協力するのですね?」
「他の局員達は引き揚げさせる。遺伝子管理局の仕事を停滞させる訳にはいかない。しかしヒギンズの捜査にはまだ本物の局員のサポートが要るだろう。君は当分専属で彼について行くが良い。レインには私から話しておく。」
「了解しました。」
「オフィスに戻って報告を作成しろ。終わったら休め。」

 ケリーは「失礼します」と挨拶して、セイヤーズに頷いて挨拶がわりにすると、部屋から出て行った。